後の祭り 2
平原で激突する黒と白。
漆黒のロングコートとオレンジの瞳を持つ仮面を纏った朱音は、眼前に立つ純白の鎧を強く睨みつけ、内心で舌打ちする。
その姿は見間違えるはずもない。
バハムートセイバー。赤城龍太とハクアの二人がいて、初めて変身できる姿だ。
ここ最近は見せることもなくなった初期形態。それなのにこの強さは一体どういうことなのか。
そもそも誓約龍魂とは、人と龍の魂を一つにする術だったはず。当然ながら、人間一人だけでもドラゴン一人だけでも、成り立つものではない。
なのにこいつは、赤き龍の本体を名乗るこの少年は、たった一人で誓約龍魂を発動させてみせた。
「俺がバハムートセイバーに変身できることが、そんなに不思議か?」
「まあ、本来ならあり得ないはずだし、気にならないって言ったら嘘になるかな」
「別に、なにも特別なことはしていない。あんたが知ってるそのままだよ」
純白の鎧が、大地を蹴る。地面がひび割れるほどの勢いで、その身をひとつの弾丸として。
応じるのは、絶死の力を込めた刀。キリの力の一つである『拒絶』に由来する、問答無用の切断能力。
だがそれは、赤き龍に通用するものじゃない。剣と刀が甲高い音を鳴らしてぶつかり、互いの仮面が至近距離で睨み合う。
「桐生朱音の力で、最も脅威的なものがなにか。あんたは自分でわかってるか?」
「さあ? ぜひご教示願いたい、ね!」
自分の左右に魔法陣を展開させれば、バハムートセイバーは大きく飛び退く。先ほどまで立っていた場所には魔力の槍が突き刺さり、あまりにも容易く躱されて朱音は露骨に舌打ちした。
早い。スピードではなく、判断が。
朱音の知っているバハムートセイバー、龍太とハクアにはないものだ。あるいはそれは、朱音たち転生者と同じ類のもの。途方もないほどに膨大な戦闘経験。それによる予測と判断。
「時界制御の銀炎や切断能力は恐るるに値しない。そんなものはいくらでも適応できる。ましてや、概念強化にその体術なんてより容易い。空の元素や幻想魔眼は中々に危ういところではあるが、それも許容範囲だ」
「流石によくご存知で。だったら、私のなにをそんなに脅威に感じるのかな」
「手数の多さだよ」
やはり、よく見ている。
いや、本当に正体がその見た目通りなら、知っていても当たり前なのか。
「今あげた五つだけじゃないだろ? 氷結能力、龍具のオーバーロード、悪を断罪する聖剣、元素を纏う魔術に神を降ろす魔術。魔導収束もあったな。そして、それらを支えるキリの力。中でも『創造』は厄介だ。なにせあんたの手札はその力次第で無限に増える」
赤き龍の体質、『変革』の一端である力。そのうちのひとつが適応。
一度受けた攻撃に対して、瞬時に耐性を持つ。異能だろうが魔術だろうが関係ない。元の世界で赤き龍の端末と戦った時も、その力に苦労させられた。
その天敵とも言えるのが、朱音の持つ『創造』の力だ。
一度受けた攻撃に耐性を持つなら、全てが違う魔術であればいいだけ。その場の即興で魔術をゼロから新たに作り出せる『創造』の力なら、それが可能だ。
たった今やつが言った通り、朱音の手札を無限に増やすことができる。
「で? その話、なんの意味があるの? まさか降参してくれるわけでもないよね」
「気になってたんだ。俺たちの持つ『変革』の力、破壊と創造、適応の三つに細分化される。だったら、俺たちにも同じことができるんじゃないのか、って」
バハムートセイバーの手元が、歪む。濃密な魔力が一ヶ所に集まって、空間が正常な状態を維持できなくなっている。
それほどまでの魔力。よほどやばい攻撃が飛んでくるのかと身構える朱音だが、しかし予想と反して、事象として現れたのは攻撃ではなくて。ましてや、魔術ですらない。
「それは……!」
「答えは見ての通り。あんたとは作るものに違いがあれど、な」
その手元に現れたのは、真紅の弾丸。バハムートセイバーの戦闘、その根幹をなすカートリッジだ。
最先端の魔導科学を用いて作られるはずのそれを、たった今、この場で。ただ己の魔力を収束しただけで作ってしまった。
複製などではない。この世界に二つとないオリジナルのカートリッジを。
「ドラグニアの技術がどこで盗まれたのか、ずっと分からなかったけど……そもそも盗まれてなんかなかったのか……! スカーデッドたちのカートリッジもそうやって……!」
「察しが良くて助かる」
『Reload Nucleus』
「嘘でしょっ!」
装填されたカートリッジの音声を聞いて、朱音はギョッとする。右手に集まるエネルギーは、誰がどう見てもヤバいと即断できるものだ。
「我が命を以て名を下す! 其は星を凍がす死神の化身! 九つの冰剣を持ち荒ぶる御魂! 使命を忘れし彼の者に、断罪の刃を突き立てろ!」
早口の詠唱は、たった今この場で作り出した即興の魔術。しかし同時に、持てる技術と力の全てを込めた。
詠唱の起動キーはより強力な魔術専用のもので、おまけに普段は一小節で済むところを三小節まで唱えた。四種の魔法陣が絡まり合い、万華鏡のような美しさを演出する。
桐生朱音の魔術、その真髄とも呼べる術式だ。
事象としては実にシンプルな魔術だった。
朱音の周囲に氷で出来た九つの剣が出現。そこに宿った魔力は、赤き龍をも凌駕するほどのものがある。
そうまでした、せざるを得なかった。
ニュークリアス。つまり、核。
朱音のいた世界で猛威を振るった、最強の兵器。それが、異世界の枠外の存在の手によって放たれようとしている。
文字通り核爆級の威力があるだろうが、きっとそれだけじゃない。核兵器の恐ろしいところは、その爆発範囲、威力もさることながら、撒き散らされる放射能だ。
今も赤き龍が張った結界の外では、革命軍と帝国軍の戦いが続いている。この結界が都合よく放射能を遮るとは思えない。もっと言えば、爆発それすらも。
なんとしてでも止めなければ、人的損害のみならずこの平原そのものすら死んでしまう。
「使命を忘れし者、ね」
自嘲気味に笑うその顔を、見てしまった。
意識が一瞬、そちらに割かれる。
「俺は忘れてなんかないんだよ、朱音さん。ただ、諦めただけだ。正義のヒーローも、この世界も、全部。ハクアを失ったその時に、諦めたんだよ」
言葉の意味を問うよりも早く。
爆炎と冰剣がぶつかった。
◆
「どこかで核でも落ちたかな?」
『えっ、怖いこと言わないでくださいよ!』
ここではないどこか遠くから、巨大な魔力の波を感じた。この方角は帝国方面か。もしや朱音や魔女たちの身になにかあった?
そこまで考え内心で首を振った蒼は、改めて眼前の相手に集中する。
とてつもない速度でとんでもない威力の剣を振るうバハムートセイバーだが、先ほどから蒼には掠りさえしていない。
正面から受け止めることはせず、のらりくらりと躱し続ける。さしもの人類最強といえど、数値上のスペックだけ見れば倍以上は上の相手だ。お行儀よく真っ向勝負なんて間違ってもできるはずなく、だからと言って逃げてばかりというわけでもない。
「お手本を見せてあげると言ってしまったからね。こういうのはどうかな!」
大きく距離を取って、魔法陣を展開する。
ただの魔法陣ではない。そもそも蒼の魔術行使には、本来魔法陣の展開も、術式の構築すら必要ないのだ。
魔術発動に必要不可欠なプロセスを、全て無視できてしまう。それが存在を魔術という概念そのものに昇華させた、枠外の存在の力。
そんな蒼がわざわざ展開する魔法陣が、普通であるはずもない。
そこには蒼とアリス、二人分の魔力が込められている。それだけでなく、術式構成それ自体があまりにも不自然。しかし歪にならず、ひとつの美しい術式として成り立っている。
「魔を滅する破壊の銀槍!」
『氷鏡盾!』
バハムートセイバーを囲むように現れる氷の鏡。そこから放たれるのは、魔導収束で周囲の魔力を吸収し作られる、銀色の槍だ。
全ての鏡から同時に放たれた槍は、跳躍で躱される。だが一度避けられただけでは終わらない。それぞれの槍が正面の位置にあった鏡へ吸い込まれて、威力を倍にして再び放たれた。
それが何度も、何度も繰り返される。鏡に吸い込まれる数だけ槍の威力は倍加して、いつまでも終わらない無限ループ。
まるで牢獄のようなその中にあって、赤銅色の鎧は辛うじて致命傷を避けている。しかしそれだけ。避ける以上のことができない。
「多重詠唱って言ってね。全く異なる系統の魔術を掛け合わせる、あり得ないはずの技術だ。ご存知魔導収束の魔を滅する破壊の銀槍に、敵の攻撃を反射するアリスの氷鏡盾を掛け合わせたってわけ。その結果、また別の一つの魔術として成り立った。君たちの知っているところで言うと、朱音の使う纏いって魔術が該当する」
『まあ、元々は別の子の魔術ですけどね』
魔術というのは原則として、異なる系統の魔術式を掛け合わせることができない。強化に強化を重ね掛ける、と言ったような、同系統なら割と簡単にできるのだ。
しかしこれが、例えば元素魔術と強化魔術を掛け合わせようとした場合。まず間違いなく、術式は瓦解する。結果魔法陣も展開されず、魔力は霧散して魔術として成り立たない。
この世界の魔導師や異世界の魔術師であれば、当然のように誰もが知っている。魔術を扱う者にとっての常識。
だが、一部の魔術師はその常識を覆した。
「本来の纏いの使い手は、元々少し特殊な多重人格の少女だった。一般的な乖離性同一障害とは違って、二つの人格が意識を共有していたんだ。つまり、一つの体に二人分の意識、あるいは魂が宿っていた。そこに情報操作って異能も使えば、案外簡単に使えるようになってたよ」
だからこそ、その少女は多重詠唱を可能とした。二つの人格で術式構成を手分けして、異能による補助もあり、あっという間に人類最強と同じステージに立ってしまったのだ。
「そういえば、朱音と愛美の空の元素も多重詠唱だっけ?」
『あれは参考になりませんよ。どうやって使えるようになったのか、今でもよく分かりませんから』
「いやはや、天才ってのは怖いねえ」
軽い調子で笑っていると、バハムートセイバーに動きがあった。
ギリギリで躱し続けていたはずの槍を、あろうことか素手で掴んだのだ。すでにその威力は百倍以上に膨れ上がり、速度は視認できるようなものではないのに。
掴んだ槍で、迫る槍を迎撃。その全てを砕いてみせる。終いに手に残った槍をこちらに投擲してきた。それを簡単に躱して、蒼は思う。
想定よりも、『適応』の力が大きい。
赤き龍と白き龍の持つ力、枠外の存在としての体質である『変革』は、細分化すれば三つの力に分けられる。
破壊、創造、適応の三つだ。
一度壊し、新たに作り直して、それに適応する。そこまででひとつの力。
しかしバハムートセイバーは以前から、そのうちのひとつである『適応』の力のみが発揮されていた。
「エルドラドの影響かな?」
『ずっと一緒にいますからね。そういえば、今はどこにいるんでしょう?』
「今のエルドラドは前みたいな力はないって聞いてるし、どこかに避難してるんだろう」
いつからかハクアが連れて歩くようになった、小さな黒龍。その姿を思い浮かべつつ、蒼は次の術式を組み上げる。
「さて、レッスンの続きといこうか」
だが蒼の言葉には耳を貸さず、赤銅色の鎧が大地を蹴った。それだけで地面が陥没し、並の魔物ならそれだけで消えるような衝撃波が撒き散らされる。
対する蒼は、手に持つ主神の槍の矛先を、バハムートセイバーへ向けただけ。
「旅客不信」
それだけで、動きが止まる。
ピタリと、赤銅色の鎧が金縛りにあったように。身体だけじゃない。魔力の流れすらも。
「人の話はちゃんと聞くもんだぜ。アリス、制限時間は?」
『恐らくないものだと思います。わたしと戦ってから数えても、すでに十分は経過してますから』
「殴ってどうにかするしかないってことか。ただまあその前に、教えられることは教えてあげないとね。例えば、誓約龍魂についてとか」
矛先は鎧へ向けたまま、手を離す。
槍は一人でに浮いて、その状態を保ったままだ。主神の槍を向けられている限り、バハムートセイバーに一切の行動は認められない。
北欧の主神、オーディン。
彼には多くの呼び名がある。そして、呼び名に応じた力も。
そのうちのひとつ。旅路に疲れたもの、ガングレリ。効果はご覧の通り。相手の身動きを全て封じる。魔力や異能の動きすらも。
「君たちがそうやって暴走してしまっている原因、実は僕には心当たりがあってね。ずばり、君たちの不完全な誓約龍魂が原因だと、僕は考えている。通常、誓約龍魂は二つの魂を一つにする。これにドラゴニック・オーバーロードを併用することで、今の僕たちやバハムートセイバーのような一体化が叶うわけだ。でも、君たちの誓約龍魂はあまりにもイレギュラーすぎた」
例えば、二つの魂を一つにするのではなく、ひとつの魂を二人で共有していたり。
あるいは、オーバーロードではなく、ハクアの龍具に残された『変革』の力を使って、多少無理矢理気味な一体化になっていたり。
そしてなにより、ハクアが魔力を失っていたり。
「本来なら、ひとつにしたことでより強度の増した魂に注がれる力。それを不完全な魂に注いだことによる暴走、ってところかな。なにせドラゴニック・オーバーロードを使ってそうなったんだろう? 龍の巫女ですら、龍神と自分の魂ふたつが必要なんだ。それを実質一人分の魂に注げば、そうなるのも必然さ」
器となる魂の問題だ。そこを解決しないことには、どのようなカートリッジを使っても同じ。暴走を制御することはできない。
グラスから溢れた水に、更に水を注いでいるようなもの。状況が変わることはない。
「問題はそれだけじゃない。というか、もっと深刻なのは、こっちだね。ハクアが力を失っている、これはかなり問題だ」
『通常、白龍様の方で暴走を制御できるはずなんです。赤き龍の魔力だけがバハムートセイバーを動かしているから、暴走してしまう』
「ようするに、バランスが悪いんだよね。誓約龍魂においてそのバランスはかなり重要だ。僕とアリスだって、こう見えて結構いい感じのバランスで成り立ってるんだぜ」
アリス・ニライカナイは龍の巫女だ。つまり、龍神の魂とアリス自身の魂、二つを内包している。蒼との誓約龍魂はその龍神の魂を利用してのものだが、だからと言ってアリスの魂がどこかへ行ってしまうわけがない。
二つの魂を持つアリスと誓約龍魂を結ぶには、同じく二つの魂を持たなければならない。
小鳥遊蒼は転生者だ。
かなり端折って要約すると、複数の魂を持つ存在だ。彼が持つ魂の中でも、小鳥遊蒼自身のものとオーディンのもの、その二つのみを表出させ、アリスとバランスを取ることで誓約龍魂できるようになっている。
そのバランスが、龍太とハクアの場合は釣り合っていない。
そもそも誓約龍魂を結んだ時点で、龍太は死にかけで魂も消えかかっていた。そこに無理矢理誓約龍魂することで命を繋ぎ、またハクアの魂を共有することとなってしまった。
しかし、ハクアは魔力を持たない。本来のドラゴンの姿にすら戻れず、力のほぼ全てを失っている。
一方で龍太には、魔王の心臓による膨大な魔力がある。
魂に魔力。
そのどちらかが欠けていれば、誓約龍魂は不完全になる。龍太には魂が、ハクアには魔力が足りない。
結果バランスは失われ、このように暴走する結果をもたらした。
「君たちが暴走を制御するには、誓約龍魂を完全な状態にするしかない。ただ、そのためにはある場所へ行かなければならない。ハクアなら知ってると思うけど、それでもあの場で無理矢理結んだのは、白き龍の意思なんだったかな?」
氷の右腕に、二本目の主神の槍が握られる。世界に二つとない、神話に語られる最強の槍が。
「さて、そろそろその暴走もどうにかしてやろうか。ちょっと痛いだろうけど、そこは我慢してくれ」
『ちょっとで済めばいいですけどね』
あり得ざる二本目の槍に、魔力が集まる。
北欧の主神。魔術、戦争、詐術を司る最強の神の力が、龍神の力すら上乗せして、ただ一点へ集約していく。
「我が魂の脈動を聞け! 空に燃ゆるは蒼き炎、悉くを焼き貫く魔神の槍!」
『我が魂の咆哮よ轟け! 大地に吹雪くは白き結晶、悉くを凍て刺す龍の息吹!』
二つの世界の最強。その全力。
魔術神と龍神。
蒼炎と銀氷。
転生者の炎と巫女の氷。
それらを融合させた多重詠唱が、世界に轟く。まるで星が悲鳴をあげているかのように、大地が震える。
いや、まるで、なんかじゃない。その力はまさしく、星一つに収めきれないほどのものだ。たった二人の人間に、世界が怯える。
魔力は収束と拡散を繰り返して、戦場に残された砂利や木々が浮いては砕けていく。
枠外の存在。
その文字通り、この世界という枠には収まらない、規格外という言葉でも足りないほど、圧倒的な力。
それが、赤銅色の鎧へと遠慮なく放たれた。
「『蒼銀煌めく魔龍の槍!!』」
身動きの取れないバハムートセイバーに、避ける術はない。
投擲された槍は龍へ姿を変え、容赦なく敵を呑み込む。倒れ、変身が解除され、龍太とハクアは完全に気を失っていた。
本来であれば、今のバハムートセイバー程度は跡形も残らずに消滅するほどの力だ。
その証拠に、槍の軌跡上に存在していたもの全てが凍結し、あるいは蒼い炎に燃え、草木の一つも残さない。
シルフ島の大地を死滅させるには、十分すぎた。
「たしか、暴走中の記憶は残ってるんだったね。目が覚めたらどんな反応をするかな?」
『そんなこと楽しみにしないでくださいよ。二人にとっては一大事なんですから』
最強たちは変わらず笑み混じりの会話を交わす。敵がどんな力を持っていても、全て関係ないと言わんばかりに。
◆
「止まったか……まあ、あの二人を相手によくやった方だな」
立ちこめる水蒸気が晴れた先から、言葉が聞こえてくる。まるで朱音のことなど気にしていないそれに腹が立つけど、状況から見れば当然とも言えた。
方や立ったまま明後日の方を向いているバハムートセイバーと、方や膝をついて苦しげに顔を歪める朱音。
「咄嗟に威力を抑えたな。あのまま撃ったら俺ごと殺してしまう、なんて考えたんだろうけど」
「まさか。敵は誰であれ殺す。相手が赤き龍なら尚更ね」
「強がりもそこまでいけば尊敬するよ」
完全に図星を突かれて、余計に腹が立つ。
我ながら完璧な魔術だった。例え核爆級の攻撃と撃ち合っても、相殺させるどころか撃ち勝てる自信もあった。
けれどまともに正面からぶつければ、目の前の純白ごと消滅させてしまうことになっていただろう。おまけに、やつの張った結界も破壊して、周囲への被害も免れない。
だから魔術の威力を抑えて、朱音自身もダメージを被ることになってしまった。
「さて、そろそろ時間だな。明日の仕込みもまだ終わってないんだ」
「待て!」
「別に待ってやってもいいが、今のあんたが俺に勝てると、まだ思ってるのか?」
悔しいが事実だ。先ほどの激突でかなり消耗している。その上で、やはり。桐生朱音に、やつは殺せない。
赤き龍の正体を知ってしまったから。
ではなくて。いや、それも半分ほどは含まれるのだけれど。
単純に相性の問題だ。朱音がどれだけの手数を用意して、位相の力も龍具の力も全力で使っても、バハムートセイバーはそれら全てに適応する。
学園にいる龍太とハクアならいざ知らず、今目の前にいるバハムートセイバーは、二人が変身するそれよりもよほど練度が高い。『変革』の力を自在に操れる。
「ひとつだけ、忠告しておいてやる」
「忠告?」
どういう風の吹き回しか。
変身を解いた赤き龍は、幼さの残るその顔を忌々しげに歪めて、強く言い放った。
「白き龍、ユートピアを信用するな。あれは、隙があれば自分の体を取り戻そうとしてくるぞ」
そこに込められた感情は、朱音のよく知るもの。それとはもう随分と長い付き合いだ。だから言葉の節々に込められた憎悪には、すぐに気がつける。
「……それこそ、私がその言葉を信じる理由はないと思うけど」
「別に信じる信じないは自由だ。ただ、あんたなら言葉の意味を理解してくれるだろ」
投げやりにそう言って、赤き龍はこの場から姿を消した。
緊張の糸が切れて、らしくもなくへたり込む。ここが戦場で、周りではまだ戦闘が継続しているにも関わらず。
赤き龍の正体、使う力、最後に残した言葉。
それら全てを頭の中で振り返って、深く重いため息を吐き出した。
「勘弁してよ……」




