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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第四章 学園青春ライフ
101/117

後の祭り 1

 東の大陸、ネーベル帝国の領内のとある平原で。

 今まさしく、戦争が行われていた。


 多くの国を制圧、支配してきた帝国軍の精鋭が約一万人投入されたこの合戦は、たった千人ほどしかいない革命軍を鎮圧するには過剰な戦力に思えるだろう。


 だが、少なくとも帝国軍の兵士にとっては、想定以上に予想外の戦闘になってしまった。


「来い、火天(アグニ)!」


 平原のど真ん中に現れる、炎の巨人。

 腕の一振りで敵を薙ぎ払い、余波の熱波が鎧の上から兵士たちを焼く。


 あまりにも絶望的な魔力。

 兵数の差など関係ない。一体、すでに何人の帝国軍がやられたのか。一部の兵卒たちは恐怖で足が竦み、その隙に殺されていく。

 敵前逃亡を試みるものまでいるが、しかし炎が行手を阻んで、逃げることすら叶わない。


 その地獄をたった一人で演出している朱音は、炎の巨人の中で小さく嘆息した。


「ここにも出てこないか……」


 帝国がスペリオルと繋がっているのは、まず間違いない。これまでの戦場でも、何度かスカーデッドと遭遇した。

 しかし、赤き龍の端末は一度も見かけていない。やつにとって帝国はそれほど重要じゃないのか。あるいは、他にやることがあってそちらに注力しているのか。


 思い浮かぶのは、先日離れた学園諸島だけど。今あそこには、龍の巫女が四人全員集まっているのだ。

 元の世界でも頼りになったアリス・ニライカナイや、妹分のローラ・エリュシオンをはじめとした、この世界の最強が全員。


 それでも、嫌な予感がする。

 なにか見落としているものがありそうで落ち着かない。


 片手間に帝国軍を蹂躙しながらも、朱音は思考に耽っていく。

 この感覚は、十年前の戦いでも何度か経験したことのあるものだ。上手くいっている時に限って足元を掬われて、こちらの目論見は全て潰されて。


 ハッと思考の海から浮上したのは、平原に新たな魔力の反応を捉えたから。しかもツイている。目的のやつが現れた。

 巨人を消して大地に立つと、ここぞとばかりに生き残っていた帝国軍の兵士が殺到してきた。一瞥することもなく、不可視の斬撃で斬り殺す。


 いくつもの死体の山を築いて、その奥から現れるのは、予想と違う立ち姿だった。

 朱音よりも少し低い背丈は、あの怪人と似ても似つかない。フードを目深に被っているため顔は窺えないが、見た限りでは人間の男だ。


「赤き龍、でいいのかな?」

「間違ってはいない。こうして直接会うのは初めて、というわけでもないんだが。ここは初めましてでいいだろう、桐生朱音」


 そのイントネーションに、違和感がある。

 赤き龍とてこの世界の存在だ。朱音や龍太たちが名前を呼ばれる時、独特のイントネーションがある。文字に起こせばカタカナになっているような。


 だが、こいつの口調はあまりに流暢だ。日本人の名前を呼ぶことに、少しの違和感もない。だからおかしい。


「また端末を寄越してくると思ったけど、まさか本体が来てくれるなんてね。嬉しい誤算だ。ここで殺して、全部終わらせてやる」

「不可能だ。他の誰でもないあんたに、そんなことは出来ない」


 鞘に納めた刀に手を掛ける朱音。対して男は、フードを取り払った。


「なっ……⁉︎」


 その顔を見て。愕然となり、刀に掛ける手から力が抜ける。

 その隙を突かれた。男は瞬く間に肉薄してきて、どこかから取り出した剣を逆袈裟に振るった。その剣も、見覚えのあるものだ。


 咄嗟に刀を納めたままの鞘で防ぎ、その顔を間近で見る。昏い瞳は朱音の知っているものとは違うけれど。でも、見間違えるはずがない。


 どうして、なぜ、と考えて。すぐに答えに行き当たる。


「枠外の存在……そういうことかっ!」

「あんたなら、真っ先に気づいても良さそうなものだったんだけどな。あらゆる時間軸から外れた存在、だったか?」


 剣を振り抜かれると同時に大きく後退して、魔力を練り上げ術式を組み上げる。詠唱は破棄して概念強化を身に纏い、周囲へ叫んだ。


「革命軍は全員後退! 誰でもいいから魔女を呼んできて! すぐに!」

「させると思うか?」


 赤き龍の術式が組み上がったと思ったその時には、革命軍も帝国軍も、やつの広げたドーム状の結界に囲まれていた。


 まずい、一手遅れた。これで誰も外に出られない。朱音一人ならどうにでもなるが、こいつの相手をしなければならないし。外からの援軍も入ってこれないだろうから、これで桃や丈瑠に助けを求めることも出来なくなった。


「キリの人間は、人と人の繋がりを重視するんだったな。あんたの敗因は、そこだよ」

位相接続(コネクト)!」

「だからあんたは、()に勝てない。諦めろ」


 レコードレスを纏った朱音に向けて放たれるのは、まるで生きることに疲れた老人のような言葉で。


 その手から剣は消え、代わりに持つのは純白のライフル。本来の持ち手ではない赤き龍が、そのボルトを操作する。


『Reload Utopia』

誓約龍魂(エンゲージ)



 ◆



 ドリアナ学園諸島、ウンディーネ島で戦っていたアリス・ニライカナイは、異様な魔力の反応を捉えて戦いの手を止めた。


『よそ見とはいい度胸だな、龍の巫女』

「ちょっと黙っててください」


 ノーム島のある方角を見つめるアリスに迫るのは、真紅の体をした怪人。赤き龍の端末だ。そちらを見ることもせず、杖を一振りして顔面にクリーンヒット。怪人は大きく吹っ飛んでいく。


 ここには他の魔導師もおらず、さりとてスペリオルも多くがいるわけじゃない。最初に出現したダストやスカーデッドは瞬殺したし、その後に現れた赤き龍の端末も、これで四体目だ。

 多少手間はかかるが、赤き龍といえどその端末程度ならば。巫女の中でも最強と名高いアリス・ニライカナイの敵じゃない。


 だからアリスが捉えた魔力の反応は、こいつじゃなくて。覚えのある、けれどそれとはどこかが決定的に違った魔力。


 その答えは、幾分も経たないうちに目の前に現れた。


「……」

「バハムートセイバー……? でも様子が……」


 目の前に降り立ったのは、鎧の全身を赤銅色に染め、銀の瞳を持ったバハムートセイバー。

 その姿を見た瞬間に、悟った。


「まさか、暴走してっ⁉︎」


 口にした時にはすでに、赤銅色の鎧が懐に潜り込んでいる。

 振るわれる拳。合わせて杖を振るうが、ぶつかり合ったその衝撃で地面が陥没し、突風が吹き荒れる。衝撃を殺しきれず、杖は簡単に押し負けた。


『さすがの龍の巫女でも、そのバハムートセイバーには押されるか』

「二人になにをしたんですか!」


 立ち上がった赤き龍の端末へ叫ぶが、正直そちらに構う暇はない。容赦ない乱打を防壁で阻むが、それもすでにひび割れてきている。


 バハムートセイバー イクリプス


 その特殊能力は、その場にいる相手のスペック全てを乗算し、己の力にするというもの。

 ここには龍の巫女最強であるアリスに、赤き龍の端末までいる。それだけじゃない。おそらく、ここに来るまでの間にも力を上げて来ている。


 手加減なんてしている暇はない。龍太とハクアの二人には悪いけど、少しくらい怪我をしてもらわないと、今のバハムートセイバーは止められない。


「オーバーロード、限定解除!」


 杖を持つ右腕が、変貌する。

 白い鱗と鋭い爪を持つ、龍の腕へ。


 冷気を纏うその腕を無造作に振るえば、いくつもの氷の刃が赤銅色の鎧へ殺到する。その全てを一身に受けてもなお、バハムートセイバーは止まらない。

 再び肉薄してきた相手に対して、アリスは反応が遅れた。


「きゃっ!」


 防いだ杖が、砕け散る。龍神の力を宿した龍具が、ただの拳に。

 続け様に襲いかかる蹴りを腹に受けて後退り、手元に細身の剣を取り出した。驚愕の連続だが、いちいち驚いている暇もない。隙を晒せばやられる。


「絡み取れ、白薔薇(ブランシュローズ)!」

『Reload Explosion』


 展開した魔法陣から、氷のイバラが波のようにして放たれる。対するバハムートセイバーはカートリッジを装填。ガントレットから杭が露出して、イバラとぶつかる。


 瞬間、巻き起こる大爆発。爆炎はイバラの全てを飲み込み、焼き、溶かし、たったの一撃で龍の巫女の攻撃を無に帰した。

 更にカートリッジを取り出したバハムートセイバーだが、アリスはすでに対応済みだ。今度はこちらから相手の懐に踏み込んで、細剣を振るう。


「使わせません!」


 目にも止まらぬ速さの剣技は、熟練の剣士がその才を惜しみなく使ったとしても到達し得ないほどに洗練された、まさしく最強に相応しいものだったが。


 無傷。鎧にはかすり傷一つ、汚れ一つなく、まるで蚊が止まったのかとでも思っているように、反応を示さない。


『Reload Execution』

『Eclipse Overload』


 取り出していたカートリッジが、剣へ装填された。まずい。そう思った時にはすでに遅かった。

 体は反射的に、術式を構築してしまう。手元に魔法陣が展開され、龍の右腕には細剣の代わりに、槍が握られて。


 殺してしまう。


 バハムートセイバーの剣が振り下ろされるよりも、槍の刺突の方が早かった。

 膨大な魔力だけではない。異世界の神、北欧神話の主神の力すらも宿ったその槍越しに、たしかな手応えを感じてしまう。


 赤銅色の鎧を貫通して、胸に大きな風穴が空いている。単なる刺突の威力は絶大で、背後に見えていた建物は軒並み倒壊。街はその一撃だけで見るも無惨な様相に様変わり。


 だが、それでもバハムートセイバーは立っている。本来なら身体が飛散してしまってもおかしくないはずの威力を受けて、胸に風穴が空く程度で済んでいる。


「嘘……」


 今度こそ、遅かった。

 剣が、振り下ろされる。どこからどう見ても致命傷なはずなのに。バハムートセイバーはなんの問題もなく動いていて。


「蒼さんっ……」


 アリスに出来たのは、目を強く瞑って旦那の名前を呼ぶことだけで。

 しかし、覚悟していた死は、いつまで経っても訪れなかった。


「呼んだかな、アリス」


 聞こえた声に目を開けば、自分のすぐ傍に、いるはずのない男が立っている。その隻腕でバハムートセイバーの腕を掴み、必殺の一撃を容易く受け止めていた。


 人類最強の男。赤き龍と同じ、枠外の存在になってしまった、異世界の魔術師。

 小鳥遊蒼。


「おっと、まだ出力が上がるのか。なるほどね、これが噂に聞いてた、エクリプスの特殊能力ってやつか」

「なんで来ちゃったんですか⁉︎」

「そりゃあ呼ばれたからね。愛する妻のピンチに駆けつけるのは当然だろう?」


 軽く蹴りを入れれば、バハムートセイバーが大きく吹き飛ぶ。

 蹴り飛ばした本人は近くのコンビニにでも来たような、軽い感じで答えるが。しかし、蒼が来てしまったことにより、バハムートセイバーのスペックは更に上がる。


「というのは半分冗談で、栞から緊急のSOSが届いちゃってさ。なんと驚くことに、残ってる巫女はアリスだけだってさ。ローラもクローディアもエリナも、みんなやられたって」

「え……まさか、バハムートセイバーに……?」


 あり得ない。その言葉が真っ先に出てくる。

 ローラはまだ未熟ながらも巫女として十分な実力を持っていたし、クローディアはアリスにも負けないほどの武闘派。

 しかもエリナは、この島にいる限り殆ど無敵に近い。それはスペック的な問題ではなく、ドリアナ学園諸島が彼女の支配下に置かれているからだ。いわば、バハムートセイバーと同じ特殊能力。龍神やそれに近いドラゴンのみが持つ異能。


 そんな自分の妹が、負けたというのか?


 でも、だったら納得できてしまう。バハムートセイバーがここまで過剰なスペックを持っていることにも、アリスが本気で殺そうとしてしまったことも。

 アリス以外の巫女と戦ってきて、そのスペック全てを乗算されたのだとしたら。


「スペリオルは撤退したらしいよ。思うに、やつらの目的はバハムートセイバーを暴走させることにあったんじゃないかな。その理由までは分からないけど、とりあえず止めてあげないとね」


 見れば、バハムートセイバーの胸の風穴はすでに塞がっている。再生能力まであるのか。

 数値上のスペックだけ見れば、世界最強のアリスよりも、元の世界で人類最強と呼ばれた蒼よりも上。その倍以上はある。


 厄介この上ない。本気で、殺す気で戦わなければ、いくらこの二人が揃っていてもどうなることやら。


 だが、つい数ヶ月前までただの学生だった男の子に、負けるつもりもない。


「せっかくですから、見本を見せてあげましょうか」

「おっ、いいね。あの二人みたいにヒーローっぽくはなれないけど、先達として教えてあげられることは少なからずあるはずだし」


 龍太とハクアのように、手を繋ぐ必要はない。ただ、心を重ねるだけでいい。二人と違って正式な手順で結んだから。


誓約龍魂(エンゲージ)

「ドラゴニック・オーバーロード!!」


 アリスの身体が光に包まれて、小さな光球へ変じる。それが蒼の胸へ吸い込まれていき、隻腕隻眼の男には、失われたものが戻った。


 氷の右腕と、蒼い炎の灯った右目。髪の色は龍神ニライカナイの力の象徴、水色に染まって、生身の左腕には主神の槍が握られた。


 これが、誓約龍魂(エンゲージ)の完全な姿。龍具の仲介もなく、二つの魂を一つにする、古代文明から残された禁術のひとつ。


「アリスの言う通り、せっかくの機会だからね。たまには昔みたいに、悩める迷子の若者を導いてあげるとしよう」



 ◆



「くそッ……! なんだったんだよあれは! リュウタと白龍のやつ、見境なしじゃねえか!」

「あれがエクリプス。ローグが滅んだ時に初めて確認された、バハムートセイバーの暴走形態。ホウライもその話は聞いてるはずだけど」

「んなことは分かってんだよ!」


 サラマンダー島には、龍の巫女が二人いた。クローディアとエリナだ。

 暴走したバハムートセイバーはまずクローディアの元へ向かい、エリナはそれを誰よりも早く察知して、止めるためにサラマンダー島へ来たけれど。


 結果は傷だらけの二人を見ての通りだ。オーバーロードすら使ったのに、バハムートセイバーを止められなかった。

 エリナは以前、一人で止めたことがあるけれど。あの特殊能力を前に、以前のことなんて参考にもならない。むしろ今回は、巫女二人分、いや三人分の力をあちらが得ていたから、ある意味ではこの結果も当然なのかもしれないが。


 冷静にそう分析するエリナとは反対に、クローディアはなおも怒りが収まらない様子だ。


「今すぐにぶん殴って止めてやる!」

「無理だったでしょ。それに、多分お姉様とお兄様が戦ってる」

「あ? アオイのやつが来てんのか?」

「シオリが呼ぶって言ってた。バハムートセイバーの脅威度は、そこまで来てる。場合によっては、ここで殺さないとダメ」

「おい、そりゃなんの冗談だシャングリラ」


 エリナの意見は、どこまで行っても龍の巫女としての、この世界の平穏を守るものとしてのものだった。


 正直言って、バハムートセイバーはあまりに危険だ。龍の巫女を下してしまうほどの力を、理性を失った状態で振るわれるのだから。それはいつか、取り返しのつかないほどの被害をこの世界に齎してしまう。

 今はそうじゃなくても、その可能性がほんの少しでもあるのなら。

 龍の巫女は、世界の敵として排除しなければならない。


 だが一方で、クローディアは良くも悪くも直情的な性格をしている。あの二人とはエリナよりも親しく、見かけの印象とは裏腹に面倒見のいい性格でもあった。

 だから例えエリナの言葉が正しくとも、素直に頷けるわけがない。


「こんな時に冗談なんて言わない。バハムートセイバーが世界の敵になるなら、私たちはあの二人を殺してでも止めなければならない。それが巫女の使命」

「んなこた分かってんだよ! だけどな、それはあいつらの意思じゃねえだろ! それくらいはテメェだって分かってるはずだ!」

「あの二人の意思なんて関係ない。もっと言えば、私たちの感情すら。違う?」


 どこまでも冷静に、いっそ機械的なほど正しい判断を下すエリナに、クローディアも二の句が告げられない。

 ただ苛立たしげに舌打ちをするだけだが、それがなによりも肯定になっていた。


 クローディアも分かっている。自分は龍の巫女で、その使命のことなんて目の前の女よりも長く巫女を務めているのだから、嫌になる程。

 他方でエリナも、龍太とハクアを喜んで殺す気にもなれない。あの二人は現在、この学園の生徒だ。そしてクローディアが言ったように、あの二人の意思のもとに襲いかかって来たわけでも、世界の敵になるわけでもない。


 己の感情と使命を天秤にかけた結果、使命の方に傾いてしまう。


「まだそうだと決まったわけじゃねえ。アオイのやつが来てんなら、どうにかしやがるだろ」


 投げやりに放たれたクローディアの言葉に、エリナも無言で首肯した。

 あらゆる可能性を考慮しろ、とはとある異世界人の言葉だったか。


 あの探偵は、こう言う時にどうするのだろうかと。エリナはぼんやり空を眺めながら思った。



 ◆



 ノーム島にあるハイネスト兄妹の研究所には、バハムートセイバーによって負傷したジンとクレナ、ローラの三人が運ばれていた。

 現在三人はかなりの重傷で、研究所にある最先端の医療機器をフルで使っている。


「どどどどうしましょうお嬢様! アカギ様と白龍様が……!」

「落ち着いてジョシュア。焦っても仕方ないでしょ」


 慌てる従者と違い、ルビーは冷静だ。正確には、そうあろうと努めている。

 なにせ全てが予想外だ。このタイミングで赤き龍の本体が来たことも、バハムートセイバーが暴走することも。

 赤き龍の、正体も。


 顔は見えなかった。声も聞こえなかった。

 しかし、暴走直前の龍太とハクアの反応は、僅かに見えていた。

 そこから推察するに、恐らく赤き龍の正体は……


「だけど、どうするんだよお嬢様。焦っても仕方ないのは事実だけど、手は打たないとまずいのもたしかだ」


 研究所に寄せられた情報によると、龍の巫女はアリスを除いて全滅。スペリオルは撤退したようだが、もしもアリスすら打ち破られたら、今度は生徒や教師、学園祭にやってきた来賓にまで被害が及ぶ。


 そっちは輝龍の娘や先代木龍の巫女が守っているらしいけど、さてどうしたものか。


「イグナシオ先輩、計画を前倒しすることは可能ですか?」

「出来ないことはない。ただ、それにはやっぱり、リュウタとハクアの暴走をどうにかしないとダメだ。あれは赤き龍と白き龍、二体の力がないと動かない。ファフニールとは違って、複製であってもそこは変わらなかったし」


 部屋のガラスから見下ろせる工廠。

 そこには、巨大な船がある。

 ハイネスト兄妹が手がける最大のプロジェクトであり、ルビーが天才兄妹の元を訪れた理由。


 古代文明が遺した巨大兵器。魔導戦艦。

 ファフニールと同じく、古代文明のデータを基にハイネスト兄妹が現代の魔導科学で再現した代物だ。


 オリジナルは各大国に一隻ずつ保管されていて、ローグにあったものはすでにドラグニアが確保している。

 かつての百年戦争では、人間側の主力として用いられ、龍神すらも苦しめたらしい。


 ルビーはそれを、龍太たちの力に出来ないかと画策していた。イグナシオとソフィアもそれを快諾してくれて、学園祭が終わり龍太たちがここを去る時に託そうと思っていたのだけど。


 どうやら、学園祭の終わりを待っている暇はなさそうだ。


「帝国の方も、そろそろ動きがある頃だと思うんです。キリュウ先生がいるから楽観視してましたけど、こっちでここまでの動きがあった以上、あちらでも赤き龍がなにか企んでいてもおかしくないですから」

「まあ、そうなるだろうね。僕にとっても、故郷を解放してくれた恩がある。よし、作業を急ぐよ。妹もこっちに呼び戻して手伝わせる。遅くても明日の昼までには、全部終わらせておく。お嬢様はそれまで、参謀らしく作戦立案でもしててくれ」


 下の工廠へ向かうため部屋を出るイグナシオ。

 残されたルビーは、なおも慌てている従者を尻目に、この後の展開に思考を巡らせる。


 アリス・ニライカナイが負けることはない。恐らくだが、学園長は人類最強をこちらに呼ぶはず。そうなるとバハムートセイバーの暴走はどうにかなる。これは確定事項だ。

 たとえイクリプスの特殊能力がどれだけのものでも、あの二人が揃った時点で勝ち目はなくなる。


 問題は、その後。

 学園祭はこのまま中止、ということにはならないだろう。この学園の生徒や教師は強かだ。スペリオルの襲撃があったとしても、そんなものは関係ない。次の日には何食わぬ顔で祭りの続きを謳歌する。

 一方で、スペリオルの襲撃も続くだろう。

 未だ姿を見せないフェニックスに、ドラグーンアヴェンジャー。赤き龍の端末はほぼ無尽蔵に出現することが可能だし、向こうの戦力は尽きる様子がない。むしろ主力は温存している。


 その時に、どう動くか。

 いや、どう動かすか。


 革命軍の参謀として、帝国と渡り合ってきた頭脳をフルに発揮させる。

 全てはあのせんぱいのために。

 平気な顔で誰かを助けるために動く、ヒーローのために。


 考えろ、ルビリスタ・ローゼンハイツ。

 あたしには、それしか出来ないのだから。

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