表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

第六章 優しきウサギ



太陽が一番高いところにある午後。一人の少女を中心に、五人の子供達が輪を作っていた。

中心に座っている少女が、不気味な笑みを浮かべながら小さな声で言った。



「知ってる?シロウサギって何をしても死なないんだよ」



「えぇ?嘘ぉ?」



少女の言葉を全く信じていないような顔で、一人の少年が言った。すると少女は、更にニタアっと笑う。そして言った。



「本当だよ?だって私、この間ジュリアをナイフで刺しちゃったの。もちろん誤ってよ?でもジュリアは平気だった」



子供達は一斉に、ジュリアと呼ばれたシロウサギの方を見る。

ジュリアは白い短髪の大人しそうな女の子だった。

彼女の首筋には、白い包帯が巻かれている。そしてその一部が、赤黒く染まっていた。



「え?あれってナイフが刺さった傷なの?」



少年が驚いた顔でそう訪ねた。

少女はこくりと頷く。



「そうよ。足の傷もそう。見えないけど、お腹にも傷があるわ。全部私がナイフで刺したのよ?でも彼女は死なないの。大した治療もしてないのに」



子供達はその言葉に、瞳をキラキラと輝かせた。少女は自慢気だ。



「面白いね、それ」



「面白いでしょ?でも私達だけの秘密よ?」



少女は言った。

子供達はそれぞれ頷くと、にっこりと笑顔を浮かべる。そしてバラバラに散っていった。


その様子を見ていたアリスは、隣で本を読んでいるクロウサギに聞いた。



「あれって本当?」



クロウサギは何も言わなかった。







夕方、学校から少し離れたところに、大きな湖があった。湖は、夕方の橙色の太陽によってとても綺麗に反射していた。


そんな湖のほとりに、ジュリアと少女がいた。

少女はスケッチブックと鉛筆を持って、その場に座っていた。退屈そうな顔で湖を見ている。



「はぁあ……、つまんないなぁ。ジュリアはもうできたの?」



隣で静かに本を読んでいたジュリアに、少女はそう尋ねた。



「私は……昨日で終わりましたよ」



にっこりと優しい笑顔でそう答えたジュリアに、少女は口を尖らせた。



「いいなぁ……。私の分もやってよ」



「自分で描いた方が楽しいですよ。何か描きたいものはないのですか?」



ジュリアの言葉に少女は渋々考え出す。

持っている鉛筆を眺めながら、描きたいものを頭の中でイメージをしていった。



「私が描きたいのは……、楽しそうな毎日笑った世界」



視点を変えず、少女はそう答えた。

ジュリアは優しく微笑む。



美しい橙色の太陽もやがて沈み、世界に闇が訪れた。

心優しい少女は、どうすれば皆が笑うのか、ただそれだけを考え言葉を放つ。しかし世界が闇に包まれると、少女の瞳はとても鋭いものに急変した。


少女は黙って立ち上がると、もっていた鉛筆をジュリアに突き立てた。



「ヒカリ……」



ジュリアは少女の名前を呼び、鉛筆はジュリアの左目を鈍い音を立てて潰した。

ヒカリと呼ばれた少女は、返り血を浴びながら、その場に膝をつく。そして肩を震わせながら、小さな声で泣いていた。



闇の中を微かな月明かりが照らす。それはとても小さすぎて、二人を照らすことはなかった。






翌日、学校の授業を終え、アリスは校舎の中央にある広い中庭へと足を運ぶ。そこでは昨日同様、少女――ヒカリを中心に五人の子供が輪を作っていた。

そしてヒカリの後ろには、左目を眼帯で隠したジュリアが静かに本を読んでいる。



「左目……、ヒカリがやったのかな?」



アリスは呟くように、クロウサギに問いかけた。クロウサギは何も答えない。



「ねぇ!」



アリスはヒカリのいる輪の中に、元気よく飛び込んだ。

周りの子供達は驚いたように、目を大きく見開く。アリスは笑顔を作り、声を小さくして言った。



「なんの話してるの?」



アリスの乱入によって、子供達の笑顔は消えた。



「別に」



一人の少年が冷たく言い放つ。しかしアリスも引かなかった。

笑顔を作ったまま、輪に入ろうとする。



「何々?何か隠し事でもしてるの?」



その言葉に、輪に凍りついたような冷たい空気が流れた。ヒカリ以外の四人が、アリスを睨みつける。



「あんた、国の代表だからって何やってもいいわけ?」



少年が言うと、アリスは澄ましたような顔で問い返した。



「え?私今、何かマズいことでもしてる?」



少年は小さく舌打ちをした。それが合図のように、ヒカリとアリスを残して、他の四人は適当に散らばって行った。



「あんた……何」



ヒカリは不機嫌そうな顔でそう聞いた。アリスはそんなヒカリにも笑顔を向ける。



「何って、楽しそうだったから私も入れてもらいたかっただけよ」



「あんたのせいでメチャクチャよ!」



ヒカリは強い口調で怒鳴った。しかしアリスの表情は変わらない。

そんなヒカリの様子に気づき、ジュリアが本を閉じた。



「ヒカリ……、行きましょう」



そう促され、ヒカリは静かに立ち上がった。そして座ったままヒカリを見ているアリスに言い捨てる。



「私は……、あんたみたいに毎日笑ってなんかいられない。どうしてそうやって笑っていられるのよ……」



アリスは何も言わずに、ただ笑顔を作っていた。

ヒカリはジュリアと一緒に、その場から去っていった。







赤い月が不気味に国を照らしていた。

静まり返ったその様子は、まるで墓場のようだった。

そんな国の中で、一軒の家に灯りがついている。そして家からは、激しい物音が響いていた。



「……や、やめて……、ヒカ……リ」



一人のシロウサギが必死に説得をしていた。しかしシロウサギの体はボロボロで、手足共に血だらけであった。

少女は止まらず、木でできた椅子やガラスのお皿などを壁や床に叩きつける。そのたびに激しい音が、家の中に鳴り響いた。



「ヒカリ……」



そう声を出そうとするシロウサギは、痛みで苦しそうに息を吐いていた。すると少女が、シロウサギに近づいていく。

地面に這い蹲っているシロウサギの顔を、力いっぱい蹴り上げた。



「がっ!」



鈍い音と短い声が響く。ヒカリは無表情だった。

何かに取り付かれたように、シロウサギを殴り続ける。そのたびに鈍く不気味な音が闇の中に響いていた。

やがてシロウサギは意識が飛んだ。赤い液体が床にシミを作っていく。それを止めることなく、少女は気絶したシロウサギに涙を零した。



「う……、あぁ……。ごめ……、ごめんなさい!!」



泣き叫ぶがシロウサギは起きなかった。

不安と孤独感に少女は震えた。自分がやってしまった残骸を見回す。



「わ、私……、また」



少女はサーッと血が引いていくのを感じた。

それと同時に、少女は背中に痛みを覚える。そして冷たい感触が胸元から伝わってきた。



「あ……」



自分の胸元に視線を向けた少女は、唇を震わせる。そこには真っ赤に染まった金属が、自分の体を貫き、胸元に出ていた。



「う……」



少女が力無く倒れる。床に倒れる前にシロウサギが震える手で支えた。

目を覚ましたシロウサギは、掠れる瞳で剣を突き立てた者を睨みつける。赤い瞳の少女は、突き立てた剣をゆっくりと引き抜いた。



「は……やく、この子……、手当てを」



シロウサギは必死にそう訴えかけた。しかし赤い瞳の少女は無表情のまま、再び剣を突き立てる。シロウサギは叫んだ。



「止めて!この子を傷つけないで!」



シロウサギは力強く少女を抱きしめた。しかし、赤い瞳の少女は手を止めなかった。

鋭き剣は小さな体を貫き、少女の心臓と微かな吐息は完全に止まった。シロウサギは大きく瞳を見開き、涙を流した。



「う、うぁぁあ!!ヒカリ!ヒカリ!起きて!起き……ゲボッゲボッ」



むせて血を吐くシロウサギを見て、赤い瞳の少女は剣を金色の時計に向けた。

シロウサギは言う。



「……ヒカリは、優しい子だったのに……。どうして……、どうしてこんなこと……」



赤い瞳の少女は何も言わずに、金色の時計に剣を突き立てる。



「どうして……」



それが甲高い音を立てて壊れたとき、シロウサギは人形のようにパタンと倒れた。赤い瞳の少女は言う。



「私の家族が望むから」



そしてゆっくりとその場を後にする。



赤い月が静かに道を照らす。その道を美しい赤い瞳の少女が、足音もなく、歩いていった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ