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第一章 つぶやき



昔々、現在ある世界より、少しズレたところに別の世界があった。


そこは、『美しい』という言葉では、とても足りないほどの美しさを持つ世界である。


空は澄んだ青色が広がり、地面は緑の絨毯が敷き詰められている。


そんな世界の中心に、とても大きな国があった。

そこは不思議の国と呼ばれており、たくさんの人間とシロウサギが住んでいた。



その国の頂点に君臨しているのは、12才になったばかりの幼いお姫様だった。

お姫様の名前はアリス。


アリスはとても優しい子供で、いつも周りに笑顔を見せ、美しく育っていた。


たくさんの子供や大人達に好かれ、平和の象徴とされていた。





アリスの側には、いつもクロウサギがいた。



クロウサギは、不幸を招くといわれ、人々からとても冷たく扱われていた。

アリスは、そんなクロウサギを、たった一人の家族として、誰よりも特別な存在としていた。



クロウサギは、アリス同様に、とても美しい女の子へと育っていた。

髪はショートにカットされ、大きな赤い瞳は他の人より少し鋭かった。



クロウサギを慕うアリスと同じくらい、クロウサギもアリスを大切な存在として見ていた。







国の端っこに、小さな小屋があった。

そこに、一人の『シロウサギ』――ニシェルという名前の子供がいた。


アリスは、クロウサギを連れて、その小屋を訪ねる。

木で出来たその小屋は、今にも崩れそうなくらいボロボロで腐っていた。



「ニシェルー!」



アリスが大きな声でそう呼ぶと、小屋から白い短髪を持つ可愛らしい顔立ちをした少年が、ゆっくりとドアを開ける。

そしてアリス達を見て、驚いたようにドアをバタンと閉めた。



「な、なんの用ですか……」



弱々しい声が、小屋の中から聞こえてきた。

アリスは笑顔のまま、元気良く言う。



「私とお友達になって下さらない?」



「あ、あなたと!?む、む、無理でですよ!」



かなり同様したようにそう返した。アリスは問う。



「どうして?」



ニシェルはその質問に、体を震わせた。ガクガクと震える音が、ドアを通じてアリス達にも聞こえた。



「ボ、ボクは……、外に、で、出てはいけないからです……」



アリスはその言葉を聞いて、一瞬、表情が変わった。

暗く、哀しげなその表情は、クロウサギが見て、また笑顔に変わる。



「外に出なくてもいい!ただ、私とお友達になって欲しいの!」



「な、なぜですか?ぼ、ボクとあなたは、お話も、し、したことあありませんし……。ボクは、も、もちろんあなたを知っていますが、ああなたは、なぜボクをし知っているんですか?」



ニシェルがそう聞き返すと、アリスはゆっくりとドアに近づいて言った。



「私だってあなたを知ってるよ。いつも見ていたし、お話だってしたことあるじゃん!」



「ぼ、ボクがいいつ……、あなたとお話したと言うんですか?う嘘つかないでください……」



ニシェルが、今にも消えてしまいそうな声でそう言うと、アリスはドアにそっと触れて話し始めた。





3日前、アリスはクロウサギの手を引いて、町に並んでいる店を見て回っていた。


その日は、クロウサギに新しい服をあげるため、町を歩いていた。

すると、たくさんの買い物袋や荷物を運ぶ、小さなシロウサギを見つけた。

フラフラと覚束ない足取りで、重たい荷物を運ぶシロウサギは、道のど真ん中で転んでしまった。



「あ……」



シロウサギは体を震わせながら、急いで落とした物を拾い始める。

周りを歩く、子供や大人は、彼を鬱陶しそうな目で見ながら通り過ぎていた。





アリスはゆっくりと、彼に近づき、落ちた物を拾い始める。

シロウサギは驚いた表情で、アリスを見た。



「あ……」



「大丈夫?運ぶの手伝ってあげるよ」



そう言ってアリスは彼に笑顔を向けた。

しかし、そのシロウサギは体を大きく震わしながら、アリスが拾った荷物を引ったくった。



「いいです……」



彼はか細い声でそう冷たく言い放った。






「ほらね、話したでしょ?」



アリスは言った。



「そ、それは、か会話として、な成り立ちません……」




ニシェルは言った。しかしアリスは、断固それを会話と言い張った。



「とにかく!今から私とあなたはお友達!」



「こ、こまります!」



ニシェルは大きな声で、怒鳴るようにそう言った。



「どうしてそこまでして、私とお友達になることを拒むの?」



アリスは小さな声で、そっと問いただした。ニシェルは泣きながら言う。



「ぼ、ボクは、人じゃない……。飼われてるウサギなんだ。だ、だから、ご主人様の言うことを聞かなくちゃ……、こ殺されるんだよ……」



体を震わせながら、ニシェルは泣き出した。ドアの向こうの泣き声を、アリスは聞きながら、何かを言おうと口を開きかけた。



「……」



しかしアリスは何も言わなかった。クロウサギは悲しそうなアリスの横顔を、ただじっと見守る。



風が草を揺らし、さわさわと音が鳴った。暖かい風が、アリスの長く黒い髪を揺らす。



「明日も来るから」



アリスはそう言って、小屋に背を向ける。そして、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。



クロウサギは、小屋のドアの前に立つと、小さな声で囁くように言った。



「ニシェル、時計も取られたのか?」



その言葉に、ニシェルはピクリとした。そして答える。



「時計だけは……、持ってること、秘密にしてる……」



「絶対、それだけは渡すな」



クロウサギは念を押すように言うと、小屋を後にした。


ニシェルは下を向いたまま、しばらく、涙を流し続けた。






次の日、ニシェルはボロボロの白い雑巾のような服を着て、アリスと同じくらいの年の少女と町を歩いていた。



「リエン様……。今日はどこへ」



ニシェルは、虚ろな目でリエンと呼んだ少女に訪ねた。

リエンは答える。



「今日はお友達のアリス様が、お城に呼んでくださったのよ。あなたも一緒にですって」



「あ、アリス様……が?」



ニシェルは目を大きく見開いた。



「あ、あの……、リエン様はいつ頃からアリス様とお友達になられたのですか?」



「あんたには関係ないでしょ?だいたい、アリス様のお友達じゃない方がおかしいのよ?」



リエンは冷たく言い放った。

ニシェルは怯えるように、びくりと体を震わす。



「とにかく、私に恥をかかせないでよね?あんたの存在そのものが、私にとって恥ずかしいことなんだから!」


リエンは、目を吊り上げながらそう言った。

ニシェルは

「はい」と返事をするしかなかった。




お城に着いた二人は、アリスとクロウサギが迎えた。



「待ってたんですよ!どうぞ」



アリスは相変わらずの笑顔で、二人をお城に招いた。



「今日はクッキーを焼いてみたんです。でも、ちょっといっぱい作りすぎちゃって」


そう言うアリスに、リエンは笑顔で答えた。



「アリス様のクッキーは、きっととても美味しいのでしょうね」



「クロウサギに美味しい?って聞いたら、普通としか言わないんだもの。だから、二人に食べて貰いたいの」



「そうですか。ありがたくいただきます」



リエンは言った。

ニシェルはビクビクとしながら、お城の廊下を歩いていた。




お城にある、来客用広場でクッキーを食べた後、アリスはリエンに言った。



「リエン、私のことはアリスでいいよ。様も敬語もいらない」



笑顔のまま、そう言い出したアリスに、リエンは小さなため息をついた。まるで、呆れたように。



「アリス様、お言葉ですが、それはあなたの立場からして礼儀というものがなくなりますよ?」



「礼儀?」



「ええ、礼儀です」



きっぱりと言い放つリエンを、アリスは笑顔のまま言い返した。



「礼儀ってなんなの?」



「上の人を敬うことです」



「私は上の人なの?あなたより」



「そうです」



クロウサギはアリスにお茶を淹れてあげた。アリスはお礼を言うと、暖かいお茶を一口飲む。



一度息をそっと吐いてから、アリスは大人びた口調で言った。



「礼儀っていうものは、冷たい人間には出来ないものなんじゃないかな?」



「では、あなたは私が冷たい人間だと?」



「うん」



アリスは笑顔で頷いた。

リエンは明らかに、気分を害したような表情で立ち上がる。



「失礼するわ。行くわよ、ニシェル」



「はい……」



リエンの言葉に、ニシェルは素早く立ち上がった。


アリスは笑顔のまま、その光景を見送る。

そして二人が見えなくなったところで、大きなため息を一つついた。



「思った通りの、わかりやすい性格なのね」



「そうだね」



クロウサギは無表情で相打ちをした。



アリスは疲れたような表情で、コロンとその場に寝転んだ。

クロウサギが上から、アリスを覗き込む。



「この世界に……」



アリスはぼーっとした目で、天井を見つめたまま言う。



「大人がいては、いけないと思うの」



「……」



クロウサギはいつもの言葉に、黙って聞き流していた。



「私の命は……、国の命か……」



アリスは自分の胸元に、手をそっと乗せてみた。心臓が鳴っているのがわかる。



「きっと、みんな……。わかってたんだろうね」



アリスは小さく呟いた。







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