第98話 乙女の恋慕は凍らない14
「まさかギフト殿下が……」
客は海の国の貴族。
応対するウェイトレスはギフト。
およそ悪夢性の顕現率に於いてはかなりのマイナスポイントではあろうし、それこそ学院の出し物というジョークで治まるのかは怪しいレベル。
「殿下は要りませんよ?」
ニコリと愛想良く。
彼女はノリノリだった。
可憐な乙女イドで接客する辺りが背徳性を盛り上げる。
普通に考えれば希少な体験で、およそ首都や王城にいる場合は冗談でも許可されないやりとりではある。
「今のギフトは一介のメイドですから」
にゃーと鳴く。
「恐縮であります」
萎縮しながらも客は何処か嬉しそうだ。
色々と不敬罪ではあるが、むしろだからこそ禁忌がたしかにあって。
「それにしてもメンツの錚々たる……」
論じる客もちょっと気圧されていた。
ミズキたちの誰一人とって凡庸が居ない。
それは客も集まるという物だ。
だからこそ選定を手段としたのだが。
指名されたのはギフト。
「あーんってしてあげましょうか? ご主人様」
「ご主人様……」
声が固かった。
王族に謙られれば萎縮もしようという物。
が、それが背徳をそそる。
「お、御願いします」
「では」
ドライケーキをフォークで崩して、
「あーん」
「あーん」
貴族の口内に運ぶ。
ほっこりとして崩れるパウンド。
フルーツの甘味もしっかりと味わって、一応ながら甘味を感じられる程度には緊張もほぐれたらしい。
「美味しいですか?」
「とても」
「それはようございました」
懐っこい笑顔。
第一王女の貫禄は無かった。
「お茶のお代わりは?」
「お願いします」
「ではその通りに」
使用人にオーダーを伝える。
「本当にメイドなのですね……」
惑う。
「ご不満ですか?」
嫌味ではない。
むしろ懸念だ。
どちらかと云えば率直な。
悪気が無いのがまた哀愁。
「いえ。むしろ新鮮で……」
「喜ばしゅうございます」
ニコッと笑う。
「不敬罪には……」
「するつもりなら此処にはいませんよ」
ご尤も。
「では茶にございます」
使用人の淹れた茶をギフトが持ってくる。
「レモンやミルクやジャム等ございますが……」
「ジャムで」
「承りました」
目を細める。
「ご要望あれば此方で混ぜ混ぜさせて貰いますが?」
「お、お願いします」
元が美人だ。
年齢的には美少女。
鮮やかな朱色の髪と瞳は命の苛烈さを表わしている。
それをシックなメイド服で彩れば十人が十人とも振り返るメイドさんだろう。
実際にギフトはソレを楽しんでいる節があった。
気さくな王族。
あまり権力を笠にするタイプでも無い。
客側には形状上的な意味で、
「物騒極まりない」
が意見だろうが、当人も認識はしても意識はしていなかったりして。
「まぁ良いじゃないですか」
恐縮する貴族にギフトは気楽な楽観論。
「どうぞお茶を」
「い、いただきます」
そんな風景。
「楽しいのか?」
部屋の隅のミズキがセロリに問う。
「どうだろ?」
セロリも首を傾げた。
蒼の瞳は不思議そうだ。
「セロリなら茶の味を覚えそうにないけどな」
「だろうな」
殊勝な意見と言うべきはずだ。
ミズキは持ち合わせていない。
極刑から縁遠い身としては、
「恐れるに足らん」
が帰結ではあれど。
「にゃ」
カノンがミズキにすり寄った。
「可愛いですよミズキ可愛いですよ」
にゃごろう。
猫が唸る様にじゃれつく。
「セロリも……!」
そこにセロリが参戦。
「わたくしも……!」
サラダ。
「えと……」
ジュデッカ。
「よろしいので?」
貴族がギフトに問うが、
「何時ものことです」
爽やかに論じてのけた。
――それは王族としての度量の深さだろうか?




