第96話 乙女の恋慕は凍らない12
火球の爆発で野次馬と警察が現われた。
衆人環視もおよその物騒さは心得ているのか……遠巻きに眺めて近寄ってこない辺りは理性的だ。
ミズキは襲撃者の二人を警察に突き出す。
二人は脚を失っていた。
血は止まっている。
と云うより欠損その物が見て取れない。
ミズキのワンオフ魔術……治癒の応用だ。
普通に使う分になら失った脚を再生させることも出来る。
あるいは切り飛ばされた脚をくっつけて修復することも出来たろう。
が、さすがにそこまでサービス精神を旺盛に出来るほどミズキは人が良くない……というよりむしろ悪しの方向に傾いている。
結果、出血を止めて脚の切断面を修復。
脚を失った五体不満足の状況に『治癒』したのだった。
殺してはいないので、良心的ではあるが、
「はたしてそうなのでしょうか……」
カノンは少し引いていた。
ちなみに彼女がドン引きする権利は本来存在し得ないはずで、というのも襲撃者の末路のファクターはかなり彼女に帰属する。
それから二人は、興奮を抑えるために酒場に顔を出す。
時間が時間なため喫茶店は開いておらず、
「茶をしばくなら酒場だろう」
と相成る。
「ミルク」
「アイスティー」
当然未成年なのでソフトドリンク。
「結局何だったのでしょう?」
アイスティーを飲みながら困惑……というより思案するカノン。
「俺が知りたい処だ」
ミルクを飲みながらミズキ。
「ミズキに限って心配はいらないんですけど……」
「それもどうかね」
事実だが物寂しい。
「慰めてあげよっか?」
「ビッチ」
「純情なんですけどねぇ」
「王子様だからな」
「ですね」
二人揃ってケラケラ笑う。
ちなみに傍目には美少女メイドが二人揃って酒の席に着いている様子だ。
「よう。嬢ちゃんら」
ガラの悪い大人が絡んでくる。
「何でしょう?」
「使用人か?」
「いいえぇ」
宣伝はしているつもりだったが、話しかけてきた男は知らないらしい。
「俺と飲まないか? 奢るぜ?」
「金には不自由していませんので」
ミルクを飲みながらサラリと答える。
「まぁそう言わず」
食い下がる男。
「…………」
桃色の瞳が濁っていく。
場合によっては流血沙汰だ。
別に殺されたところで何を思うでもないが、警察への説明も面倒だ。
「――鎌鼬――」
スッと軽く男の皮膚を切り裂く。
「っ?」
小さな出血。
小さな痛み。
「――――」
立て続けに鎌鼬を起動させる。
浅く、弱く、連続で宣言する。
体中を切り刻まれて出血。
死ぬほどではないが拷問だろう。
悲鳴を上げてのたうち回る男だった。
「優しいですね」
カノンの皮肉。
「世界平和は遠いな」
ミズキのワンオフ魔術でもなければ。
「で、心当たりは?」
「俺らの美貌だろ」
ジェンダーな問題はプライドを刺激されるが。
「いえ」
寝転んで痛みに耐えている男の頭部を座ったまま蹴っ飛ばして、
「先の襲撃者です」
茶を飲む。
地味に酷い。
「最近とみに」
「そうなんですか?」
「だぁなぁ」
「正常主義者……ですか?」
「とは犯人の談だな」
色々と襲われているが証言は一律ソレだった。
「うーん」
カノンとしても思考はミズキと似かよる。
「本当に正常主義者ならミズキだけを襲う理由が無い」
「真理を知っているならそもそも手を出す意味も無い」
その二律背反が全き謎だ。
「心配してくれるのか?」
「カノンの王子様ですから」
破顔するカノンはそれはそれは愛らしい。
「お前は可愛いな」
「ミズキのためですから」
純情な乙女は柔和に目を細める。
桜色の髪が照明に鈍く輝いた。
「惚れられたもんだ」
自嘲気味に笑う。
何かと気苦労の絶えない少年ではあった。




