第76話 学院祭パニック17
「お帰りなさいませご主人様!」
メイドが出迎える。
ミズキは参加しなかった。
一人隅っこで本を読んでいる。
「可愛いメイドさんたちじゃの」
「恐縮です」
朗らかな営業スマイル。
それすらも貴族にとっては心地よいらしく、だらしない笑みを浮かべて少し機嫌を上向きに。
メイドが席に誘導し、
「メニューは此方に」
お品書きを差し出す。
「ふむ」
受け取って悩み、
「アールグレイとレーズンクッキーを」
「相承りました。ご主人様」
そして裏方が用意する。
ここら辺の塩梅は同じ貴族のサラダが得意とする。
「奉仕して貰いたいメイドはいらっしゃるでしょうか?」
穏やかなオーダーを確認するメイドに貴族は少し思案するような眼の色で答えた。
「ではそちらの……」
と部屋の隅っこを見やる。
「…………」
その方角で、ミズキは本を読んでいた。
「白髪のメイドさんを指名しようかの」
貴族としてはアルビノが好きらしい。
あまり御本人には毎度の様に鏡で見ている故に希少性もないもので。
「ミズキ」
「何?」
本から目を離さない。
「お仕事」
「…………」
順次理解し、
「ふぅ」
パタンと本を閉じる。
紅茶と菓子を受け取って差し出す。
開店からこっちよく指名される気もするが、どこまでが必然性を含有しているかは哲学の領分になりかねない。
「紅茶に何か入れますか? ご希望があればその通りにいたしますが」
「ジャムを」
「ではこちらで」
ジャムを投入して混ぜる。
終わってから、ロシアンティーになったカップを再度差し出す。
「…………」
一口飲んで、
「うむ。美味いの」
貴族は満足そうに言った。
「さいですか」
紅茶の味はミズキの功績ではない。
無論、愛想も良くないが、
「それがいい」
とは貴族の談。
「貴君は学院の生徒かね?」
「まぁな」
「愛らしい御尊顔だ」
「どうも」
「髪も綺麗だな」
「さいか」
「貴君」
「何だ?」
「卒業したら当方の側室になりなさい」
「…………」
しばし天井を見上げる。
明かりが付いていた。
魔術の。
なんだかひどく無常を思えて、彼は時間を短く数える。
「先に言っておくが俺は男だ」
ちなみに説得力の欠片も無い。
どう見ても美少女がメイドのコスプレをしているような印象しかなかった。
色んな方面への挑戦だ。
「ほう」
貴族の感心を買ったらしい。
「そんな愛らしい顔で男と」
「それは俺の意図するところではないがな」
およそ責任は彼に帰結しない。
「うむ」
貴族も茶を飲んで頷く。
「では尚更じゃ」
「どういう?」
「男色は貴族の嗜みじゃからの」
「趣味の悪い……」
ミズキは席を立った。
たしなめるように貴族の声が発せられる。
「まだ茶を飲み終わっておらんぞ」
「ここはメイド喫茶だ」
「であれば当方は客であろう」
「ナンパは客の分を超えている」
切り捨てるように一言申すと、部屋の隅っこに座って読書を再開する。
ウェイトレスとしては確かに赤点だろう。
「他にも可愛い人間は居る」
パラリ。
「精々ご奉仕して貰え」
「歯に衣着せぬ……その不遜は得がたいな」
「恐縮だ」
「失礼しました。難しい子ですので」
反論しないミズキ。
カノンのフォローを黙って受ける。
「しかし殿下までとは」
貴族の苦笑。
「ご奉仕しましょうか? ご主人様」
「いえ、さすがに……」
そこは萎縮するらしい。
「ごっこ遊びですから気兼ねはいりませんよ?」
「さいでっか」
冷や汗がツーッと垂れた。
さすがに王族相手に軟派もないものだ。




