第53話 モテ期は突然やってくる13
その日は図書館で過ごすことにした。
魔術図書館。
そこで顔見知りを見つける。
桃色の髪と瞳のキュートな少女だ。
学院の特別顧問。
カーディナル・カノン。
政治的事情で魔術学院に滞在する食客だ。
娯楽の本を取ってカノンの席に対面に座る。
「――――」
カノンは本の文字を追いながら、ブツブツと呟いていた。
かなり集中しているらしく、それこそ没頭と表現できるかなり高いコンセントレーションだ。
端から見れば、
「キモい」
の一言だが、
「魔術師には良くあること」
学院での普通だ。
ワンオフ魔術はともあれゼネラライズ魔術は詠唱と呼ばれる段階が必要になる。
神話の詩。
その詩を謳うことで術式を構築し、宣言という形で結論づける。
そこまでしてやっと魔術は発現する。
なお魔術は格が上がるほど非常識な長さの詠唱を要求されるため、魔力変換とは別のセンスも必要と相成る。
そして目の前の少女……カノンはその点で言って特筆できる。
速読。
絶対記憶能力。
読んだ本の内容を忘れないという、
「不条理の生きた見本」
とミズキが論評するように規格外のソレだ。
人間の言葉で詠唱を覚え、ソレを神の言語に翻訳し直す。
魔術とは途方も無い知性の結果だ。
その意味で、
「魔術師は格の高い奴ほど人外」
は皮肉でも何でもないのだった。
字面としての変態だ。
「…………」
娯楽の本を読みながら、時折集中しているカノンを見やる。
すぐ傍に居るが、神話言語に夢中のカノンは気付いていない。
その集中力は賞賛に値し、
「しっちゃかめっちゃかだよな」
ミズキもそんな言葉を贈りたかった。
基本属性。
――『火』
――『水』
――『風』
――『土』
この四つだ。
学院で、
「へっぽこ」
と呼ばれているミズキは風と親和性が高い。
というより他の属性は致命的に相性が悪い。
結果風属性しか使えず、表面的に見れば評価は正しい。
相対するのがカノンだ。
四属性全てに親和性を持ち、知性も確か。
翻訳こそ出来ていないが、図書館のグリモワール……即ち呪文を速読で記憶に保管しているという規格外。
これで完全にゼネラライズ魔術を修得すればどれほどのことが出来るか?
あまり楽しい未来図でもない。
ミズキとしてはあまりに他人事だが、
「おかげで国境線は安泰」
との意見もあったりして。
海の国の王は、
「専守防衛」
を旨とし、政治的拡張を是としない。
野心がなく、穏健で、
「個人としてなら賞賛できる」
とはミズキ談。
「――――」
ブツブツとカノンが呟いて、
「――太陽――」
いきなり宣言をかました。
火属性のゼネラライズ魔術。
太陽。
火球の上位互換で、戦術レベルの魔術に分類される。
一個中隊を薙ぎ払う魔術の典型で、火属性の中級魔術だ。
対するミズキの反応も早かった。
「――術式拡散――」
魔術を霧散させる魔性の風の具現。
それは適確にカノンの太陽を無力化し、図書館を危機から救った。
「?」
ポカンとカノン。
「勉強は良いがあまり前のめりになるな」
至極真っ当な意見だが、ミズキが言うと空々しい。
「あーっと……」
カノンは状況把握。
「いつからそこに?」
「だいたい二時間前だな」
読んでいる本を見せつける。
ジュブナイルのソレだ。
魔術師が活躍してお姫様を救う。
そんな英雄譚。
「あう……言ってくだされば……」
「集中しているもんだから」
邪魔しちゃ悪い。
視線で皮肉る。
「あう」
頬を髪と同色に染めるカノンだった。




