第38話 へっぽこなりし治癒魔術19
――あまりにして致命的な誤算。
ミズキのワンオフ魔術は、防御ではなく治癒。
――『治癒』――
即ち、
「癒す」
「治す」
ということにこそ本質を持つ。
つまりミズキは、敵の攻撃を防いでいるわけではない。
攻撃を受けた次の瞬間に『治している』のである。
王立国民学院の制服の表面粒子が魔術の炎に焼かれた次の瞬間……、あるいはミズキの肉体に矢じりが突き刺さった次の瞬間……、ミズキのワンオフ魔術たる治癒が発動する。
結果……ミズキの皮膚や服装の表面以上を傷つける方法は存在しない。
単位時間で修復されるため、ミズキの皮膚とミズキの纏う服装は、世界の何より鉄壁と呼べる防御概念なのである。
※――しかも話はこれで終わらない。
攻撃に対する鉄壁の防御とは別に「体力の消費」も劣化の認識対象となる。
つまりミズキは、自己治癒による無限の再生能力と並行して、魔術による体力の回復という『因果逆転』の反則技さえ持つのである。
――体力を魔力に変える。
――その魔力で治癒を行なう。
――その治癒によって体力を回復させる。
そんな循環が、ミズキの中で永遠に行なわれているのである。
それは即ち、ある種の第一種永久機関。
尽きることの無い魔力炉。
体力で魔力を生成し、魔力で魔術を生成し、魔術で体力を生成する。
※――さらに話は終わらない。
魔術師にとって、魔力とは消費すればするほどより強力かつ膨大な魔力の生成へと練度が高まる。
筋肉や骨が害を受けて修復された時により強靭になるように。
である以上、ミズキは産まれた頃より幾日も幾日も自己治癒によって魔力を消費し続けて、幾日も幾日も体力の回復という連鎖を繰り返してきたのだ。
既にミズキの魔力キャパは、一流の集まる宮廷魔術師の平均魔力キャパの……数万倍から数十万倍という桁違いの総魔力量を持つに至っているのである。
※――それでも話は終わらない。
ミズキにとって(ミズキだけではなかろうが)成長とは『強化』であり、老衰とは『劣化』である。
即ちミズキの治癒魔術にとっては、老化すらも治癒の対象となるのだ。
で、ある以上ミズキの肉体成長は、老化を含んだ年越しを以て停滞することになる。
人には四つの苦があるという。
――曰く『生』。
――曰く『老』。
――曰く『病』。
――曰く『死』。
その内の『老』と『病』と『死』をミズキは克服したことになる。
『不老不死』……どころの話ではない。
さらに一つ上の『不老不病不死』を実現させうる魔術こそ、ミズキの治癒魔術の本質なのだった。
それをミラー砦の兵士たちが理解できるはずもなかったが。
「――同風前塵――」
ミズキは無尽蔵な魔力で以て、同風前塵を行使する。
詠唱も一瞬。
その都度ミラー砦の兵士たちは、一人また一人と塵に変わっていく。
誰もミズキを止める術を持たない。
――対象を問答無用で塵に変える攻撃能力。
――敵の攻撃を単位時間で修復する防御能力。
――治癒で片手間に体力を回復させる補給能力。
攻撃と防御と補給……戦闘における三大要素を、極限まで究めた存在が、そこにはいた。
誰がこの存在に勝てるというのか。
この世界にはまだ生まれていない概念ではあるが、仮にブラックホールを持ってきても、ミズキを圧殺することは不可能であろう。
つまり何であれ、全く敵対するだけで愚かしい存在であるのだ。
ミズキというへっぽこは。
剣や槍や矢や魔術が、ミズキを襲う。
しかしてミズキは痛痒を覚えず、同風前塵で敵対する兵士たちを塵へと変えていく。
「このままでは全滅する」
ミラー砦の兵士たちは、偏に最悪の未来を幻視した。
当然だろう。
無限の体力と魔力を用いて、絶対攻撃と絶対防御を可ならしめんミズキと云う存在に対抗できる存在などいはしない。
彼の方にしても、カノンを連れ去った輩に手加減する必要も覚えていない。
「そこまでですよ」
だがとっておきの手はあった。
「抵抗は無駄と知りなさい……王立国民学院高等部二年生」
ミズキには知る由も無かったが、カノンを連れ去った根本的原因である奇術師が、カノンの喉元にナイフを突きつけてミズキを威嚇した。
服装は奇抜な道化のソレだ。
「大人しく殺されなさい。そうでなければカノンが死にますよ?」
「あっそ」
ミズキは大した言葉も吐かず、我先にと襲い掛かってくる兵士たちを、同風前塵で薙ぎ払っていった。
「この奇術師の言葉を聞いていましたか?」
カノンの喉の皮膚一枚に、ナイフを潜り込ませる奇術師。
「いいから殺せよ」
ミズキに躊躇いは無い。
目に付いた端から、麦の国の兵士を、同風前塵で塵へと変えながら平然と。
そもそもにして、奇術師のナイフでカノンが首を掻っ切られようと、彼にとっては些事に過ぎない。
死んだサラダを生き返らせたように、たとえカノンが奇術師によって殺されても、生き返らせられる自信があるからだ。
奇術師の知るところではなかろうが。
奇術師は絶句した。
カノンが目標である以上、当人を人質にとれば、少年を止められると信じて疑っていなかったからだ。
が、現実として、少年は風の上級ゼネラライズ魔術たる同風前塵を用いて、止まることなくミラー砦を侵食していく。
「本当に殺しますよ……!」
「だから殺せばいいだろ。それで決着だ」
ミズキは奇術師の言葉をまったく取り合わない。
いいから殺せと主張してやまない。
「ではカノン様が死ぬのはあなたの責任ということで」
「殺した奴の責任だろう」
まったくもってその通りなのだが、被問者に後ろめたさはない。
「胆の太い御仁だ」
「いやぁ」
褒められて照れるミズキだった。
そして彼は、同風前塵にて襲いくる兵士を消去し、ついでにカノンにナイフを突きつけている奇術師の存在を、塵へと変えた。
魔性の風に触れた者を塵へと変えるゼネラライズ魔術。
効力としては複合属性たる雷の「神罰鉄槌」と同じ効力を持つが、使いやすさは同風前塵が勝る。
それ故に全てに決着がついた。
「ミズキ!」
奇術師の消失に伴って解放されたカノンが、ミズキに駆け寄って抱きついた。
「危ないことして……」
「言ったろ? お前が絶望し囚われているのなら理由も理屈も脅威も無茶も無視して童話の王子様みたいに助けてやるって」
「そうだけどぉ……」
カノンは納得いかなかったようだ。
そもそもにして、ミズキの戦力を、ある一線で見切っていた彼女にこそ非はあるのだ。
されど、それを言っても始まらない。
彼は無限にも等しい魔力を練り上げて呪文……宣言を発する。
「――同風前塵――」
今まで以上に大規模な魔性の風が具現した。
二人を台風の目として、暴力を振るう。
ミラー砦が地上から消失することと、それは同義だった。
無念。




