第37話 へっぽこなりし治癒魔術18
風のゼネラライズ魔術たる疾駆に膨大な魔力を消費して、二刻程度でミズキは麦の国のミラー砦を視界に捉えた。
疾駆は、ミズキ自身の技量も相まって超音速を実現し、偵察兵の報せも警報も届かないうちに、ミラー砦に辿り着く。
海の国と国境を争うための麦の国の最重要軍事拠点……「鉄壁砦」の異名を持つ難攻不落の要塞である。
超音速でありながらブレーキを効かせない。
ミズキは疾駆の効力を切った後に、ズザザザザ、と地面を滑りながら、次のゼネラライズ魔術を起動させる。
――『詠唱』は一瞬だ。
「――同風前塵――」
風のゼネラライズ魔術……同風前塵。
風のゼネラライズ魔術の中でも上級に位置し、その効果は、名を以て現す。
魔性の風を生み出し、その風に触れた対象を粒子単位で分解し、塵に帰す――風属性最強の攻撃魔術である。
この場合の対象は、砦の門番と門そのものである。
同風前塵の風に触れて、塵と化し、消失するミラー砦の門。
そしてミズキは更に疾駆を起動させる。
此度はさっきまでとは逆方向……つまりブレーキとして疾駆を活用した。
風が吹く。
魔性の風が。
それはミズキの体を押し留め、そしてミズキは、消えた砦の門のあった座標にて止まるのだった。
警戒任務に就いていた麦の国の兵士たちは、ギョッとする他ない。
いきなり砦の一部が消失して、超音速で一人の魔術師が侵入してきたのだから。
「何者だ!」
緊張と警戒が、兵士たちの間を奔る。
それにミズキは答えない。
代わりに風が答えた。
超音速で突撃してきたミズキに、数歩遅れて衝撃波が襲ったのだ。
麦の国の兵士もミズキも区別なく、衝撃波は全てをもみくちゃにした。
彼は衝撃波に吹っ飛ばされた後、
「慣れんな……これは……」
そうぼやく。
そして土埃を、パンパンと制服から払い落として立ち上がる。
そんな彼に向かって、計五本の剣の切っ先が突きつけられた。
麦の国の兵士によるものだ。
「何者だ?」
「王立国民学院高等部二年生……ミズキ」
馬鹿正直に名乗る。
「王立国民…………ああ、海の国の魔術研究機関か」
「そ、そこの学生」
「何の用だ?」
「カノンを取り返しに来た」
「異な事を。アレは麦の国の財産だ」
「可愛い女の子に自由を与えずして、何のための軍隊だ。軍とは国民の自由と平等と財産とを守るためにこそ存在するものだろう」
「兵器に自由を与える法律があるか? 国民が剣を持てば政は行えぬ」
「だから俺が自由を与える」
きっぱりと言い切った後、
「――同風前塵――」
ミズキは、魔性の風を生み出した。
ミズキを威嚇していた兵士たちが塵に還る。
「アッシュトゥアッシュ……ダストトゥダスト……ってな」
ことここに至って、漸くミラー砦はミズキを難敵と認めた。
甲高い笛の音が鳴る。
その笛の音が、ミラー砦において戦闘状況への移行を意味するものだとは、さすがにミズキにはわからなかったが、元より彼はミラー砦に喧嘩を売りに来たのだ。
状況が深刻になることくらいは悟れても、それが覚悟の総量を超えることはなかった。
「――同風前塵――」
ミズキは『詠唱』で術式を構築し、『宣言』で魔術を顕現する。
襲い掛かってきた兵士たちを塵に変えながら、遠慮なく砦の内部に侵入していく。
接近戦では勝ち目はないと思ったのか。
兵士たちは方針を変えてきた。
弓を持ち、矢を穿つ。
あるいは攻撃魔術で出迎える。
矢と魔術とがミズキを襲う。
――鋭い矢じり。
――炎の塊。
――水の槍。
――風の刃。
――土の針。
ありとあらゆる遠距離攻撃がミズキを襲った。
なのにミズキは痛痒を覚えなかった。
火球の着弾と同時に炸裂した証拠である煙幕の中から出てくる彼は、服に埃一つもついてはいない。
「防御のワンオフ魔術か……!」
赤点だな、とミズキは思う。
正直に口にしたりはしない。
「攻撃を続けろ! 敵の魔力を削れ! いつか限界が来るのは必然だ!」
妥当な作戦である。
魔力が体力を変換して生成されるものである以上……そして体力が無限ではない以上……いつか魔術の行使には限界が来る。
少なくとも、そんなことは歴戦の兵士たちにしてみれば当然の帰結だ。
――然れども……ミラー砦の兵士たちは根本から状況認識を誤っていた。




