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第36話 へっぽこなりし治癒魔術17


 カノンは絶望の淵にいた。


 目は開いているはずなのに、映す景色は真っ黒だ。


 一人だけ空間から隔離されたような感覚を味わっている。


 結局のところ……カノンは装置であって自由意思を尊ばれる存在ではなかったということだ。


 コトの初めは一人の魔術師の存在だった。


 道化の衣装とメイクをした魔術師――当人は奇術師と名乗った――が現れたのが発端だった。


 麦の国の刺客だ。


 奇術師は、ピエロの格好をしていながら、難なく王立国民学院……そのカノンの研究室に現れたのである。


 そして言った。


「ミラー砦に帰ってきなさい」


 と。


 初めは、


「嫌です」


 と突っぱねたカノンではあったが、


「ミズキ……といいましたか……」


 ポツリ。


 奇術師は呟いた。


「セロリ……といいましたか……」


 カノンの大事な人の名前を。


「な、なんで……!」


 動揺するカノン。


「そう難しい話じゃないでしょう?」


 奇術師は、ニタニタと、粘着性のある笑いをカノンに向けた。


「昨今のカノン様の状況は、仔細に観察させてもらいました」


「……っ」


「カノン様が、ミズキを想って、自慰行為にふけるところまで……ね」


 あまりな言葉に、


「あ、ああ……」


 言葉を失うカノン。


 奇術師はニタニタと笑っている。


「ど、どうやって……?」


「この奇術師と親和性の高い属性は『幻』でしてね。五感不利ドロウバックセンセイションを使わせてもらいました」


 火と土の複合属性たる『幻』のゼネラライズ魔術……五感不利。


 魔力を周囲に発散および固定して、自身を中心とした領域内での他者の五感を誤魔化し、自身を認識させない様にする魔術である。


「五感不利……」


 その効果を、カノンも知っている。


 当たり前だ。


 人語に翻訳されているとはいえ、王立国民学院の公開しているゼネラライズ魔術を、画像データとして記憶しており、そこには五感不利の魔術も含まれるのだから。


「今ミズキは遠征実習でいません。しかしセロリはいますよね?」


 ニタニタ。


 笑われる。


「五感不利が続く以上、この奇術師の姿は誰にも捉えられない」


 そして奇術師は、ナイフを取り出した。


「人を殺すのに大仰な魔術など必要ありませんよ」


 クルクル。


 奇術師の手の中で、ナイフが踊る。


「認識できないこの奇術師が、ナイフでグサリとするだけで人は死にますねぇ」


「…………」


 一片の否定も出来ようはずがない。


 五感不利は他人から自身を認識させないようにするもの。


 である以上、正々堂々の勝負など意味をなさない。


 仮にサラダが炎竜吐息の魔術を持っていようと「気づけない人間」には意味をなさない。


 こと、


「人を殺す」


 ということにかけて、奇術師ほどアドバンテージを持っている者は、中々いないだろう。


 まったく無警戒なところを一突き。


 それで終わりである。


「で?」


「…………」


「まだ駄々をこねますか?」


「…………」


「ミズキも困るでしょうね。いきなり意味不明に心臓を一突きにされて、息絶えるというのですから」


 奇術師は、ニタニタと笑う。


「やめて……ください……」


 あまりの絶望に喉が渇いて、カノンはそれしか言えなかった。


「なら誠意を見せることですね」


 クルクル。


 奇術師の手元で、ナイフが舞い踊る。


「わかり……ました……」


「うん。その言葉が聞きとうございました。では参りましょうカノン様」


 そしてミズキの遠征と時を同じくして、不承不承カノンもミラー砦まで連れて行かれるのだった。


 そして今カノンは絶望していた。


 ミラー砦の中で。


 ミラー砦の兵士たちはカノンの帰還に喜んではいても、それはあくまで、


「戦略兵器の修復」


 以上の意味を持ってはいなかった。


 結局カノンの魔術は、大量殺戮が本質であり、その業から逃れられないということなのだろう。


 王立国民学院にて、カノンは奇術師に言った。


「言葉を残すくらいは良いよね?」


「余計なことさえ書かなければ」


 奇術師は鷹揚に頷いた。


『――――ごめんなさい。でも助けに来ないで』


 それがカノンの本心。


 結局のところ、力に屈したがための言葉。


 それがミズキにとって、どういう意味を持ち、どういう化学反応を起こすかを……考えてもいない言葉。


「でもミズキが殺されるよりはいい」


 そしてカノンは、絶望の淵に沈んだ。


 ミラー砦の将官や兵士たちは、カノンに優しくしてくれた。


 その優しさが欺瞞に満ちていようと、カノンは守るべきを守るために……という名目で歯を食いしばり、笑って見せた。


 だから……やっぱりわかっていなかったのだろう。


 ミズキと云う人間を。


 甲高い笛の音が鳴った。


 戦闘状況を伝えるソレだ。


「何事です?」


 カノンは問うた。


「海の国の軍隊が攻めてきたのだろうか」


 もっともな推論だ。


 しかして兵士の言葉は違った。


「強力な魔術師が単身乗り込んできました!」


「っ!」


 カノンは絶句する。


「魔術師が一人乗り込んできた……? この鉄壁砦に……?」


 思い出すのはミズキとの契約。


 一緒に生まれたままの姿で、お風呂に入った時の一幕。


『なら契約しよう』


『契約?』


『もしもカノンに不幸が襲ったら』


『襲ったら?』


『理由も理屈も脅威も無茶も無視して』


『無視して?』


『童話の中の王子様みたいに助けてやる』


『出来ますか? そんなことが……』


『出来る。自分の惚れた男を信じろ』


『…………』


『だから絶望するな。お前が救いを得られないと思っているなら俺が覆してやる。何度でも何度でも、十重二十重に』


 そんなやりとり。


「まさか……っ」


 そしてそのまさかであった。


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