第34話 へっぽこなりし治癒魔術15
「ん~……漸く帰ってきたな……」
ミズキは、海の国の王立国民学院について馬車を降りると、背伸びをした。
朝と昼の中間の時間帯である。
帰郷心なぞ持ち合わせてはいなかったが、地に足をつけた気分を否定できもしなかった。
「さて、どうするね? 単位申請に行くか?」
「それが順当ですわね」
そんな二人のやりとり。
「ミズキ」
「何だ?」
「わたくしに宛がわれた個室で共に暮らすこと……思案しておいてくださいな」
「思案……ね。それくらいなら」
元より考える余地のないものではあっても、
「思案しろと言われるのならそれくらいはいいだろう」
とも思う。
「セロリやカノンにも顔を見せないとな」
「むぅ……」
単純に、別の少女の名を出すだけで、呻くサラダ。
「可愛いなお前は」
ミズキは、深緑の髪を撫でた。
「う~……」
頬を赤らめながら、彼女は押し黙る。
「じゃあ事務室に行くか」
ひとくさり彼女をからかった後で、ミズキは歩き出す。
自然と彼女の手を取ることも忘れない。
無論のこと当人の恋慕をからかってのことである。
が、惚れた相手に手を握られるという体験は、乙女回路をオーバーロードさせる。
プシュー。
サラダは茹った。
と、
「あーっ!」
責めるような叫びが、彼の耳に聞こえてくる。
声質だけで主を認識する彼。
セロリだ。
「ミズキちゃん! なんでサラダさんと手を繋いでるの!」
こちらもこちらで、愛らしいやきもちであった。
蒼い瞳には嫉み妬みが映っている。
「わはは。羨ましいか?」
ミズキの答えは大したものだ。
「セロリだってミズキちゃんと手を繋ぎたい!」
「ほい」
ミズキは空いている方の手を、セロリに差し出す。
蒼い髪が動揺に震え、蒼い瞳があっけにとられた光を宿す。
「い、いいの?」
「別にしたくないならいいさ」
意地悪く言って、差し出した手を引っ込めようとする彼に、
「嫌じゃないよ!」
焦った様子で、セロリはその手を取った。
そうして蒼色と深緑の美少女を引き連れて、事務室までの道程を歩く。
「……冗談だろ?」
「マジか……」
「サラダ様が……」
「へっぽこなんかに……」
衆人環視は、有り得ないものを見ていた。
即ちミズキと手を繋いでデレデレしているサラダと云う存在に。
サラダは心底ミズキに惚れているから、
「ああいう十把一絡げは屠りさりましょうか?」
周囲の悪意を敏感に察知し、虐殺を提案した。
「ほっとけほっとけ」
ミズキの態度は平坦だ。
そもそもにして、決闘の前までは、サラダもその一員だったのだ。
衆人環視を責める権利は無かったろう。
ミズキは一切気にしていないし、それをサラダも嫌というほど悟っていはする。
そんなこんなで、すれ違う人間を一人残らずギョッとさせながら、ミズキはセロリとサラダを連れて事務室へ。
単位の申請が終わると、彼はコキコキと首の骨を鳴らした。
「食事はカノンの研究室でとるか。あいつにも顔を見せないとな」
ミズキに惚れている、陽気なかしまし娘。
一人が蒼色の髪に蒼色の瞳を持つ……剣山刀樹のセロリ。
一人が桃色の髪に桃色の瞳を持つ……戦略級魔術師のカノン。
一人が深緑の髪に深緑の瞳を持つ……ドラゴンブレスのサラダ。
誰一人として、生半な少女はいない。
その一人でもいれば、海の国の定義で国境を引ける戦力たちだ。
――何の因果か?
全員が全員ミズキに惚れているが、それを容認することは少なくとも、当人たち以外には不可能と云うものであった。
「セロリ、カノンと一緒に料理作ってくれ」
「そうだった!」
セロリは、
「今気づいた」
とばかりにハッとする。
「ミズキちゃん!」
「はい。ミズキちゃんです」
「大変なの!」
「生理がこないのか?」
殴られた。
当たり前である。
「で!」
仕切り直し。
「カノンの研究室まで来て!」
「行けと言われるなら行くが……」
ミズキはセロリに引っ張られて、カノンの研究室へと向かった。
ついでにサラダもついてきた。
こちらはおまけのようなものだ。
カノンの研究室兼宿舎に入って、ダイニングテーブルまでミズキは引っ張られる。
封筒が置いてあった。
既に開けられていたが、これはセロリの行動の必然だろうとミズキは気にしていなかった。
躊躇なく封筒から便箋を取り出して、内容を読む。
『――ごめんなさい。でも助けに来ないで』
カノンらしい可愛らしい字で、謝罪と命令の言葉が書いてあった。
セロリが補足する。
「この手紙だけ残してカノンが蒸発しちゃったの!」
「麦の国……だな」
ミズキは、グシャッ、と便箋を握りつぶした。
「ははっ……!」
笑う。
底冷えのする様な表情で。
「ここまで矜持を傷つけられたのは初めてだ……。コケにしやがって……!」
ミズキの口の端は苦笑につり上がり、その白い瞳は激怒に爛々と燃え盛っていた。
「やっぱりカノンは……」
「麦の国に……正確にはミラー砦に連れ戻されたな」
それ以外に考えようがない。
ミズキはカノンの研究室を出る。
続くセロリとサラダ。
ミズキは、学院のビッグベンの鐘の音を聞いた。
「正午の始まったあたりか……」
腹時計と計算を掛け合わせて、時間を悟るミズキ。
「疾駆を全力で使えば、昼にはミラー砦に着けるな……」
あまりなことを言った気がした。
「え?」
「は?」
セロリとサラダが呆けたのも無理はない。




