第32話 へっぽこなりし治癒魔術13
「目ぇ覚めたか……」
意識を取り戻したサラダに、ミズキが言葉を振りかける。
場所はグラス砦。
素っ気ない石レンガ造りの屋内。
時間は夕刻。
ミズキとサラダのみの部屋にて、彼は彼女を案じていたのだった。
顔に出すほど素直な性格ではなかったが。
「あれ……? ここは……」
腹筋運動の要領で上体を起こし、サラダは現状を把握しようと記憶を遡行させ、
「あれ?」
再度疑問を持つのだった。
「わたくしは確か……」
「麦の国の即席砦に威力偵察に行って、炎竜吐息で薙ぎ払ったろ?」
いちいち記憶を確認させるのも面倒くさく、ミズキが代わって状況を述べた。
「ここはどこですの?」
「グラス砦。その一室」
「記憶がとんでいますわね……。わたくしの身に何が?」
「弓矢で頭を射抜かれて脳みそが多少シェイクされたってだけだ。脳が死んだんだから、その時の記憶を持っていなくて当たり前だな」
論理明快というミズキに、
「そうですの……」
と相槌をうち、
「……………………」
しばしミズキの言っている意味を吟味した後、
「は?」
驚愕が遅れてやってきた。
当たり前だ。
「頭部を射抜かれて即死した」
という過去現実と、
「今は平穏無事に生きている」
という現在状況が矛盾しているためだ。
「なんで頭部を射抜かれて生きているんですの、わたくし……」
「俺が治した」
「……………………」
意味不明な情報が、また一つ増えたのだから、サラダの沈黙も仕方がない。
「俺のワンオフ魔術は有名だろ?」
「治癒…………」
「そ」
「でも怪我を治すならまだしも傷ついた脳を修復させるなんて……」
「大した違いは無いだろ」
「あなたの言を支持するならば、死者を蘇生させたということですのよ?」
「だから大した違いは無いだろ?」
「ありますわよ。死者を蘇生させる魔術なんて聞いたことがありませんわ」
「そりゃ俺のワンオフ魔術だから再現性は無いわな」
「そもそもにしてどうやって蘇生なんて……」
「逆に聞くが何で死が不可逆だと思ってんだ?」
「だって……そうでしょう?」
「だから何で?」
「……………………」
「人体だって機械仕掛けの時計と同じだ。壊れた箇所を修復してやれば、また動き出す。大多数の人間が『死は絶対だ』って思っているのは、人類がいまだ人体を修復する技術を確立できていないからだ。で、俺のワンオフ魔術は、それを可能とする。対象が生きていようが死んでいようが構いやしない。ただ破壊されたり劣化した機能を修復するだけだから、怪我は治るし、生き返りもする。そこに優劣は存在しないんだよ」
「……………………」
深緑の瞳に映るのは、神秘への畏敬と不条理への驚愕。
されどそれは言葉にはならない。
代わりに出た言葉は困惑だった。
「それで? 何故わたくしを生き返らせましたの?」
「そのための手段と目的があったからだな」
「ふざけないで……!」
「いたって真面目だが……」
「わたくしはあなたをへっぽこ呼ばわりして蔑んできた人間の筆頭ですわよ? 助ける義理が無いじゃないですの……!」
「義理は無い」
「ならば何ゆえ?」
「波風立てるのが嫌いだから」
「何を言っていますの?」
「仮にお前の死体を置いて学院に戻ってみろよ。へっぽこミズキが天才サラダの足を引っ張って死なせ、自身はのうのうと逃げ帰ってきた……なんて噂がたつに決まってるだろ? 別に侮蔑されること自体は慣れてるし好きにしてもらって構わんのだが、憤怒や憎悪を買うのはいただけない。そんな面倒事を忌避するのが俺の信条だ」
「…………」
「お前が恩や義理を感じる必要は無いし礼を求めるものでもない。俺は俺の信条に肩入れしただけだ。結果、お前は生き返った。魔力なんて幾らでも後から取り返せる。なら実質俺がお前の蘇生のために犠牲にしたものなんてないんだよ。だからお前も気にするな」
「…………」
「だいたい功績で言うならば、味方一人を治癒した俺より敵の数千人を薙ぎ払ったお前の方が功績はでかい。後で勲章がもらえるらしいぞ。よかったな」
ポンポン。
ミズキは、サラダの頭を優しく叩いた。
深緑の髪が揺れる。
白い瞳に優しさを見たためだ。
深緑の双眸から、涙の真珠がツイとこぼれた。
「うえ?」
と動揺するミズキ。
面倒でも少女の涙は少年を困惑させる。
「何故泣く?」
「……だ……だって……わたくし……今までなんてことを……ミズキに……なんて失礼なことを……!」
それは後悔と懺悔の涙だった。
――ミズキの治癒は優しい魔術。
セロリの言葉だ。
同等の思いがサラダの心にも萌えた。
涙は後から後から溢れ出す。
散々、ミズキを睥睨し、侮蔑し、差別し、馬鹿にした自身の愚かさに……漸く気付いたのだった。
ミズキは苦笑するばかりだ。
「何泣いてんだよ。お前らしく横柄に構えてろ」
罪悪感に締め付けられ自虐感に苛まれているサラダの深緑の髪を「よしよし」とミズキは優しく撫でてからかった。
どれだけそうしていただろう。
涙が止まり、その名残で目を赤く腫らしたサラダが言った。
「ミズキ……宮廷魔術師になりませんこと?」
 




