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第27話 へっぽこなりし治癒魔術08


「…………」


 そんなわけで、彼の固有時間は、水と風の複合ゼネラライズ魔術たる……時属性の干渉を受けないまま、停止した。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


「くぁwせdrftgyふじこlp!」


 あからさまに狼狽して、ギュッと目を閉じる。


 彼の視界は、瞼の血流と、外界から漏れた明かりとで、宇宙を彩った。


「何考えてんだテメェ!」


 怒りはごもっとも。


「誘惑です」


 彼女も、然したるモノだ。


「ゆうわく?」


 いまいち思考の再起動が上手くいっていないらしく、彼は、闖入者の言葉の変換および認識が出来なかった。


 在る意味、魔術の呪文より難しい。


「誘惑は誘惑です」


「誘惑は誘惑か」


 ト~トロジ~。


 ここにきて、漸く彼は現状を悟った。


 とは申せども、要するに、


「ミズキの入浴の最中に、カノンが割りこんだ」


 とのことだけだ。


「カノンじゃ駄目ですか?」


 彼は目を瞑ったまま、彼女の甘く当惑した声を聴いた。


「言ってる意味がわからんが……」


 そうでありましょうぞ。


 至極もっともな彼の言。


「カノンは性欲の対象になりませんか?」


 意訳しようのない言葉がかけられた。


 つまり「女としての価値を、ミズキがカノンの内に見出しているのか?」を問う文言だ。


 ここにきて漸くミズキは、自分が禁断の果実を、神樹の枝からもぎ取られ、目の前に差し出されているのだと悟る。


「……はぁ」


 あくまで目を瞑って、カノンの裸を認識から追い出した上で、嘆息する。


「そういうのは好きな奴とやれ」


 常識論だ。


 それが通じないのも色というものではある。


「カノンはミズキに惚れているんです」


「…………」


 しばし言葉を吟味してミズキは、


「なして?」


 と問うた。


 まったく当然の疑問だったろう。


 少なくとも自身は、カノンに好意を持たれる覚えが無かったからだ。


 だが独自の理屈で動く乙女理論は、普通なる概念の追随を許さないのも世の常。


「ミズキは……その……」


「はぁ」


「格好良いですし……」


「はぁ」


「優しいですし……」


「はぁ」


「強いですし……」


「はぁ」


「謙虚ですし……」


「はぁ」


「だからカノンは、ミズキが好きなんです」


「…………」


 ミズキは沈黙した。


 少なくとも彼にとって先ほどの会話は、


「はい、そうですか」


 にはならない。


 等式として成立していないのだ。


 故に答えを解きようもない。


 依然として、目を瞑ったままで……、


「とりあえず一つずつ解決していこうか」


 健全な提案をする。


「いいですよ」


 シャワーを浴びながらカノン。


 魔術陣とカノンの魔力の産物だ。


「俺が格好良い?」


 ミズキにしては寝耳に水だが、


「はい」


 カノンにとっては、天の自明かつ地の理らしかった。


「どこが?」


「全部」


「全部か……」


「です」


 ミズキの皮肉も総スルー。


 大真面目にカノンは断言した。


「ミズキは美少年ですよ。自覚は無いんですか?」


 シャワーを浴びながら、逆に問いかけるカノン。


「でも俺は誰かに告られたこともないんだが……」


「それは副次的要因によるものでしょう」


「俺は美少年なのか?」


「シルクもかくやとばかりの白い髪に、真珠さえも色褪せ道を譲るほど綺麗な白の瞳の美少年です。顔立ちの整い方なんて神の御手によるものと言わざるを得ません」


「…………」


 このミズキの沈黙は、困惑のためだ。


「蓼食う虫も好き好き」


 という言葉を、遥かに突き抜けている。


 少なくとも、彼には、そう思えた。


「肯定されたものを否定してもしょうがないから、それは保留ということにして」


 彼は、痛むこめかみを、食指で押さえる。


「誰が優しいって?」


「ミズキです」


「…………」


 こめかみの痛みが、いや増す。


 彼の受ける精神的苦痛は、止まる所を知らない。


「優しくした覚えなんてないぞ?」


「そうですか」


「少なくとも自覚は無いな」


 こういうところで遠慮は厳禁だ。


「でも空腹で倒れたカノンを助けてくれたでしょ?」


「誰だってそうするだろ?」


「攻撃してきた相手に?」


 カノンの口の端が、皮肉気に吊り上る。


 目を閉じているミズキには捉えられない。


「ミズキはカノンを助けて保護してくれました。事情の入り組んだカノンの背後を気にすることもなく」


「ならセロリに惚れろ」


「ガールズラブの趣味をお持ちで?」


「否定も肯定もしない」


「ならカノンが異性であるミズキに惚れこむことも理解できるでしょう?」


「…………」


 反論することに意味を覚えることも出来ずに……こめかみを押さえたまま、ミズキは次の話題に移る。


「で、誰が強いって?」


「ミズキですよ」


「お前さ」


「何でしょう?」


「俺の学院での二つ名は知ってるか?」


「へっぽこ……あるいは劣等生でしたっけ?」


「然りだ」


 今更何を言う、とミズキ。


「その俺がどうして強い?」


「実際にドラゴンブレスのサラダ=シルバーマンを下したではないですか」


「あれは不意打ちとイレギュラーによるものだ。お前も、一定の理がある、と言ってたじゃないか」


 言い訳としては、ちと弱い。


 それは、ミズキも自覚していた。


「でも、それは計画性と機転と言い換えれば、立派な戦術でしょう?」


「…………」


 沈黙する。


 ――――わかって言っているんじゃなかろうか?


 との疑念は湧くが、


「ありえない」


 とミズキは切って捨てる。


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