第26話 へっぽこなりし治癒魔術07
「…………」
ミズキは、紅茶の味を思い出して嗜む。
紅茶を喉に通して吐息を一つ。
「複合属性もか?」
そう問う。
「はい。計四つの複合属性も、網羅しました」
ありえない答えを聞いた。
「複合属性の上級ゼネラライズ魔術も……か?」
「然りです」
「さいでっか」
まったく無味無臭の返答だが、驚きより呆れが強いため、しょうがない。
――――複合属性。
それは基本属性である『火』と『水』と『風』と『土』の四大属性の内…………対象となる二つの属性を織り交ぜて創られる、新たな属性を指す。
基本属性四つと、複合属性四つの、計八つの属性を以て、ゼネラライズ魔術は完結する。
とはいえ基本属性の詠唱ですら、覚えることで手一杯なのが普通であって……たとえ基本属性の親和性を二つ以上持っていても、複合属性に手をつける魔術師は少ない。
カノンが全て記憶した事実は、ある種の例外……あるいは異常事態と評せる。
不条理ここに極まった。
火と風の複合属性……『雷』。
火と土の複合属性……『幻』。
水と風の複合属性……『時』。
水と土の複合属性……『氷』。
この四つの複合属性まで、速読を以て網羅したのである。
開いた口が塞がらない、とは正にこのことだろう。
ちなみに、火属性と水属性が相克し、風属性と土属性も相克するため、火と水の複合属性および風と土の複合属性は、
「ありえない」
というのが、現在の魔術師たちの共通認識である。
火、水、風、土、雷、幻、時、氷の八属性で、ゼネラライズ魔術は全てであり、ワンオフ魔術による例外を除けば、魔術の最奥は「ここに在る」と断じてもいい。
そして基本四属性を身につけ、速読によって図書館の所蔵する魔術の呪文を、全て記憶したカノンは、それだけで戦術どころか戦略……あるいは政略レベルの軍事力を持つことと同義だ。
複合属性は、強力な殺傷効果を持つ魔術が多く、それだけで政治のカードとすら成りえる。
「道理で麦の国が、お前に魔術の研究をさせないはずだ……」
苦々しく紅茶を飲みながら、納得するミズキ。
「まだ人語の詩を記憶しただけで、これから神話の詩に訳して、その内容を理解しなくちゃいけないんですけどね」
つまり理解してしまえば、魔力の如何によって、世界の裏技を使い放題になる…………カノン以外には、暗澹たる未来が待っているとしても。
「…………」
その重要性は、説くほどのことでもないので、ミズキは静かに茶を飲んでいた。
中略。
「遅いな……セロリ……」
日が落ちてしばし。
彼は、もう何杯目かの紅茶を飲みながら、そんなことを口にした。
「なんならカノンが夕食をおつくりしましょうか?」
「出来るのか?」
「淑女の嗜みです……」
「ならお願いするか」
逡巡することもなく、彼は頷いた。
カノン研究室は、同時に宿舎になっているため、生活の場である寝室、浴室、ダイニング、キッチンが並んでいる。
家庭的魔術陣に、魔力を注いで、火を点けると、カノンはお湯とパスタを用意した。
パスタを茹でている間に、海産物をフライパンで炒める。
ダイニングテーブルに座っているミズキに差し出されたのは、カノン特製のボンゴレだった。
「どうぞ召し上がれ」
「いただきます」
パンと一拍。
この世界における食事の作法である。
「お、美味い……」
パスタを一口。
ミズキの口から賞賛が出る。
「えへへ。なら良かったです」
「セロリの手料理にも勝るとも劣らんな」
「ミズキは……その……料理は……?」
「出来ない」
後ろめたい感情もなく。
「いやそれにしても美味いな」
アグアグ。
パスタを食べる。
ボンゴレを褒めてやまないミズキであった。
そうして彼らの食事は終わる。
カノンは、魔術陣に魔力を送って、魔術を起動……結果としてお湯張りと水の確保を、並行して行なった。
確保した水で、カチャカチャ、と、仕事を終えた食器や調理器具を洗いながら、
「どうせだからお風呂に入っていってはどうですか? 既に準備はしてありますが」
さりげなさを装って彼女。
「遠慮なく」
彼は、抵抗なく受け入れた。
タオルを借りて、脱衣所で服を脱ぎ、浴室に入る。
髪と体を洗って、湯船に浸かるのだった。
「お風呂千両だな」
くったりとして風呂を楽しむ。
と、脱衣所から声がかかった。
「湯加減はどうでしょう?」
「ばっちり~」
ついつい言葉も甘くなる。
実際に、安穏とした良い湯加減ではあった。
「ですか」
「ですです」
「では失礼します」
――何が?
とはミズキは聞かなかった。
「…………」
カラリ。
脱衣所と浴室を繋げる扉が、開く音。
一瞬でシンタックスエラー……つまるところの思考不全に陥る彼。
そこに初々しく頬を染めたカノンが、生まれたままの姿を現した。
桃色の髪に、桃色の瞳に、桃色の頬。
これはよろしい。
しかし今や、未熟ながらもスレンダーな体つきの全貌を、現していた。
起伏の足りない……しかして形の良い胸。
艶美な曲線を描くお尻。
それらを余すことなく、ミズキの視界に晒して、
「えへへ、入っちゃいました」
まるで、
「えへへ、来ちゃった」
みたいな、恋人の家に予告なく訪問した……女の子のような口調だった。
時よとまれ、君は美しい。




