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第25話 へっぽこなりし治癒魔術06


「いやー、すごかったですね」


「さっきからそればっかりだな」


 ミズキとカノンは、カノンの研究室で、茶を嗜んでいた。


 時間は午後だが、まだ日は昇っている。


 セロリは講義中だ。


 そしてカノンは研究室を持ってこそいても、別に研究生の募集もしていないため、此処にいるのは二人のみとなる。


 ともあれ彼は話題を変えた。


 褒め言葉より、罵倒や侮蔑の方が安心する…………その意味で、業の深い人格ではある。


「今日は俺に会うまで何してたんだ?」


「まぁ一般的な魔術のお勉強を」


「呪文?」


「ですです」


「そっか」


 ふむ、と唸り、


「そう言えば」


 ミズキは思い出す。


 カノンは、そのワンオフ魔術の特性ゆえに、最低限の魔術しか覚えることを許されなかった身だ。


 それでも、一撃で海の国の軍隊を半壊させた……との事実があるのだから、彼女の能力には舌を巻くしか、彼にはない。


 そして自縄他縛……その枷から解放されたカノンは、貪欲に魔術における呪文を覚えている最中……との事だった。


 正確には……少し違うのだが。


「どれくらいの呪文を覚えた?」


「ああ、図書館に記述されてあるのは……あらかたですね」


 平然と言い切った彼女に、


「……………………」


 彼は、飲んでいる紅茶の味を、忘れる羽目になった。


 思考……というより疑念が、グルグルと、ヘドロのように粘性を持って、カルテジアン劇場でかき混ぜられ、それから自問に限りなく近い疑問と相なる。


「あらかた?」


「というか全てですけど」


「呪文を?」


「呪文を」


 さもあっさりと。


「それがどうかしましたか?」


 カノンはキョトンとする。





 ――呪文。




 それは魔術における『発動プロセス』に必要な概念だ。


 例えば……火属性のゼネラライズ魔術である火球を使うにあたって、体力を魔力に変換して「――火球――」と術名を唱えることで、魔術師は火の球を生み出し、飛ばして、対象を燃やす…………ように見えるが、実態はもう少し入り組んでいる。


 仮に魔力を練って術名を唱えるだけで魔術が成立するのなら、魔力生成のセンスを持つ者ならば、誰にだって簡単に、ゼネラライズ魔術が使えてしまうのは必然だ。


 それこそ喋れるなら初等部の生徒でも上級魔術が使えて不思議がない。


 そして、そうでない以上、別のファクターがあるのも、また当然である。


 それが魔術発動のトリガーとなる『呪文』と呼ばれる言葉である。


 そして、この呪文は大きく分けて、『宣言』と『詠唱』――――この二種に、分類される。


 宣言に対する詠唱。


 キーワードに対するプログラムワード。


 メインスペルに対するサブスペル。


 陽語に対する陰語。


 呼び方は諸説ある。


 かみ砕くならば『符号』と『下地』と表わすところであろうか。


 ――――『宣言』が魔術におけるトリガーならば、『詠唱』は銃そのものを形作る技術の粋。


 神様が、世界の裏側に仕込んだ裏技である魔術……それを完全に理解するための『神話の詩(ワールドソング)』だ。


 理解するには複雑で、記憶するには難解で、網羅するには途方もない。


 然れど、魔術師は皆、この神話の詩……『詠唱』を覚えなければならない。


 初級ゼネラライズ魔術や、下級ゼネラライズ魔術程度なら、歌の一曲程度の詩で済む。


 ……が、上級ゼネラライズ魔術ともなると、一つの魔術で、辞書一冊を丸暗記するほどの量の『詠唱』を覚えなければならない。


 それも人間の言葉ではなく、神話の時代に流布されていた言語の意味と発音とを完全に理解して――というおまけ付きで。


 魔術を覚えることが、どれだけ途方もないモノか……わかろうというものだ。






『――神話の言の葉で綴られた詩や文を理解』


 して、


『――そが如何なる魔術か?』


 を解き明かし、その上で、


『――魔力を生成』


 して、


『――詠唱を意識の次元で諳んじる』


 ことを為し、最終的に術名を叫ぶ、


『――宣言を口で唱える』


 ことで、初めて魔術師は、魔術を発動できる。






 さて、話を戻す。


 王立国民学院の発見した世界の裏技たる魔術(魔術は、世界の裏技であるため、神様が仕込んだモノの全てが発見されているわけではなく、魔術師たちは、今も新たな魔術の発見に、苦を割いている)の根幹の詠唱は、分かりやすい様に人語に直されて、魔術図書館に並べられてある。


 それを、こちらに来て幾ばくも経っていないはずのカノンが、


「全部覚えた」


 と言ったのである。


 ミズキが、紅茶の味を忘れても致し方なかろう。


「冗談だろ?」


「別に冗談でも困りはしないんですが……」


 茶を飲むカノン。


「上級ゼネラライズ魔術もか?」


「はぁ、まぁ」


 ぼんやり。


 肯定が返ってくる。


「頭大丈夫か?」


「特に不便はありませんね」


 ――少なくとも謀っているわけではない、とミズキは理解する。


「辞書百冊分でも、比して羽毛より軽すぎる情報量だぞ……?」


 この場合は『詠唱』の文章量のことだ。


「正確には詠唱を『憶えた』だけで『理解する』のはこれからなんですけどね」


「?」


 眉をひそめるミズキ。


「速読できるんですよ」


「ほう」


「魔術図書館のグリモワールを、パラパラーっとめくって、詠唱を暗記しました。一字一句まで頭に入ってます」


「……………………」


「後は、頭の中の人語訳文を、『神話の詩(ワールドソング)』に訳して、理解するだけです。その意味では、魔術図書館は、もう用済みですね」


「規格外だな、お前」


 驚くより呆れてミズキ。


 さもあろう。


 既にして、常識の埒外だ。


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