第22話 へっぽこなりし治癒魔術03
また日常が帰ってきた。
少なくともミズキにとっては。
で、ミズキが何をしているか、ならば、寮部屋で昼寝をしていた。
今日は文言の講義しかなく、それらは期末試験の良し悪しによって成績が決まる。
ミズキは配布された教科書を、初日に読み込んで寸分の狂いなく理解したものだから、講義に出る必要を感じていないのである。
事実、現在王立国民学院高等部二年生のミズキは、今までノートを取る類の講義は、予習だけして平然とサボり、「点数だけは出す」という講師にしてみれば、あるまじき成績を示してきたのだった。
ちなみにミズキと相部屋しているセロリはいない。
こちらは真面目に講義に出ていた。
講義でノートを取り、放課後はミズキによる復習。
つまりいつも通りだ。
「くあ……」
欠伸が一つ。
彼は目を覚ました。
「セロリ~。お茶~」
セロリは、講義に出ているためいない。
それをミズキが悟るのに、三秒の時間を要した。
「面倒くさいなぁ」
言いながらベッドを抜け出し、キッチンに置いてある水出し紅茶を、コップに注いで飲む。
同時に、クウ、と、腹の虫が鳴った。
空腹。
「あー、食事……」
ミズキは家事一切が得意ではない。
出来ないわけではないが。
白いシャツに灰色のパンツ、それからブラックウォッチのジャケットを着ると、ミズキは部屋を施錠して外に出た。
時間的には、午後の二時と言ったところだ。
高等部の学生食堂まで歩く。
時間が時間だけに、学食は閑散としていた。
気にするミズキでもない。
黒パンと肉厚ハムとサラダを注文して席に座ると、もふもふと食べ始める。
生徒や講師はいないわけではない。
単位や講義の無い人間にとっては、午後二時くらいなら遅めの昼食をとるのも自然である。
ミズキは誰も近寄らないだろう学食の隅っこで、ちまちまと昼食を嚥下する。
そこに、
「相席、いいですか?」
可愛らしい少女の声が聞こえた。
声に色があるのなら、桃色の愛らしいソレだ。
「お前を拒む席はないぞ」
ミズキは彼女に答える。
桃色の髪と瞳の美少女。
ミラー砦をして鉄壁砦となさしめた戦術級魔術師……カノンである。
もっともソレを知っているのは、政治的な問題もあって、ミズキや学院長を含め少数なのだが。
「セロリは一緒じゃないんですね」
「あいつなら講義中」
「ならミズキもでしょう?」
「別に講義に出て、得したことはないからなぁ」
魔術においてはへっぽこでも、頭の回転については優秀な彼である。
嫌味とも取れる言葉を、平然と口にする。
彼女は、パスタを食べながら問う。
「じゃあサボり?」
「そういうことになる」
いとも平然と主張して、昼食を平らげるミズキ。
食後の茶を飲んで、
「はふ」
と吐息をついたところで、
「ミズキだな?」
そんな声が、第三者からかけられた。
「違います」
何の躊躇もなく、嘘を吐く彼。
「白い髪に白い瞳。そこまで悪目立ちしておいてとぼけるか」
「面倒が嫌いなタチなもので」
肩をすくめてみせる。
そしてズズズと茶を飲む。
「シルバーマンとの決闘……見たぞ」
「誰だって見てるでしょう」
正論だったとしても、意味の無い言葉でもある。
チラリと。
ミズキは声の主を見やる。
目に入ったのは巌の印象。
肩幅広くがっちりとした筋肉を纏った学院生がいた。
研究部の制服を着ており金桜のバッジを付けている。
「ガードか」
「然り」
必然のミズキの予想に、巌の男は頷く。
そしてミズキの席の対面に座った。
カノンはミズキの隣である。
手に持っているのは陶器の湯飲み。
そこに熱い茶が入っているのは当然で、二人の飲んでいるモノと一緒である。
閑話休題。
ガード。
それは王立国民学院に設立された、風紀委員の代わりとして存在している組織である。
学院には警備員も存在するが、神様が世界に仕込んだ裏技……ゼネラライズ魔術の大半は殺傷系であるため、魔術師による治安維持組織の成り立ちは必然だった。
活動としては、風紀委員でありながら、警察権も付与されている。
即ち、学院における抑止力というわけだ。
「何か用?」
先輩であることだけでは、恐れ入ったりしないのは彼らしい。
「先にも言ったがシルバーマンとの決闘を見た」
「ですか」
茶を飲む。
「ほ」
と一息。
「素晴らしい試合であった」
賞賛を送るガードに、
「…………」
ミズキは何も答えない。というよりむしろ、
「答えたくない」
が正答であろうが。
 




