第163話 光あれと申すなら影もあれと申す者08
深夜。
草木も眠る丑三つ時。
すやすやと彼が寝るベッドに、ナイフが突き刺さった。
犯人は面貌を知れない。
黒衣の服に白い仮面。
刺したナイフは毒が塗られている。
が、手応えが無い。
「?」
厚みはある。
キングサイズのベッド。
アインとドライはスカーと寝ている。
その端で寝ているはずのミズキはいなかった。
毛布を取っ払うと抱き枕が二つ。
いわゆる忍術による変わり身の術に近いが、さほど高尚なものでもなく、単に夜ならそこそこ抱き枕の膨らみで誤魔化せるだろう程度のモノだ。
「まぁそうなるよな」
部屋の隅。
その闇からミズキがポツリと呟く。
「……っ!」
ナイフを構えて暗殺者はそちらを見やる。
「さて、どうするね?」
「…………」
無言。
だが殺意は伝わった。
無音歩法。
ナイフを振るう。
「相対固定」
ぬけぬけと偽りの宣言。
ナイフはミズキのかざした手に受け止められる。
同時に逆の貫手が暗殺者を襲う。
鳩尾に深く。
「がっ!」
呼気を吐き戻す。
さらにもう一撃。
掌底。
波動が全身を叩き、無力化される。
「ま、こんなところか」
無音の応酬はミズキの勝利に終わった。
「で、聞きたいことがあるんだけど」
「…………」
全身を脱力させながら、しかし歯を噛みしめて毒を飲み込む。
グルンと目玉が回って白眼へ。
即効性の毒で自死する暗殺者。
無論、ミズキにはどうでもいい抵抗だ。
「――治癒――」
それだけで生き返るのだから何と言うべきか。
「理解はした?」
「……っ!」
死んでも生き返らせられる。
つまり拷問に於ける最上級のアドバンテージをミズキが持っていることになる。
うっかり殺しても魔術で生き返らせれば万事オッケー。
そんな感じ。
「で」
閑話休題。
「何某の指令?」
「答えると思うか?」
パキッと音がした。
指の骨の折れる音だ。
「…………」
仮面の奥の瞳は何も語らない。
パキッ。
パキッ。
順次折っていく。
「こなれてるな」
くっくと笑う。
「痛みに耐える訓練もしている……か」
「…………」
黙して語らない暗殺者。
「だいたい分かっているが……」
「…………」
「フロン伯の使いだろ?」
「…………」
何処までもだんまりだ。
が瞳の揺らぎをミズキは見逃さなかった。
「ここまで侵入するのもなんだ」
「…………」
「ってことは王城に泊まっているフロン伯の使用人」
「…………」
「事実か」
「…………」
答えはしないけれども目は口ほどにものを言う。
一人納得して会話を続ける。
「とすると会食で毒を盛ったのはお前」
「…………」
「そうかそうか」
「…………」
「ってことは驚いていた使用人がお前だな。執事っつったっけか?」
そこら辺はあまりミズキも詳しくない。
「生憎と毒とは縁が無くてな」
「…………」
「情報収集への協力御苦労様。ご主人様は後日そっちに送るから」
「待――」
漸く暗殺者が声を発しようとしたが、
「――同風前塵――」
それより先に塵へと還った。
血を流さない魔術。
風の前の塵に同じ。
その通りの上級魔術だ。




