第155話 原因も結果もミズキ次第13
「どした?」
暖房は正常。
ハーブティーも温かい。
来ているパジャマも厚着で寒いはずもない。
なのに震えているアイン。
「トラウマか?」
鋭敏に覚る。
「ツヴァイは知らないんです……」
「何を?」
「戦場を」
「…………」
つまりアインは知っていることになる。
「見たのか?」
「ええ」
「さいか」
この世の地獄だ。
あの世にも地獄は在るらしいが比較対象はどうしても出来ない。
斬られ、突かれ、抉られ、叩かれ、刺され、削られる。
頭部が潰れる。
首から上が胴から離れる。
出血多量で死ぬ。
痛みによるショック死。
ハラをかっさばかれて内臓がはみ出る。
糞便が血流と一緒に地面を浸し、人命の終わりの匂いを醸し出す。
兵士同士の戦いでのソレだ。
ここに魔術師を加えると更にややこしくなる。
生きたまま灼かれる。
軽やかに切断される。
針のむしろの餌食となる。
麒麟児サラダ=シルバーマンの『炎竜吐息』なら骨も残らず一個大隊が灰になる。
実際に軍隊を仮とは言え砦と共に焼失せしめた魔術師だ。
ミズキも同行していたので覚えている。
「怖いです」
――本当に。
心底からアインは言った。
「何故そこまでして国境線を守るのか……」
「何でだろうなぁ……」
ハーブティーに口を付ける。
月を見ながらホケーッと。
「国家が滅びたせいで悲惨な末路を辿った難民は知っています」
「北大陸の方のニュースだよな」
「ええ」
首肯。
ハーブティー。
「ですから国家維持に軍事力が必要なのは認めます」
そこは分かっているらしい。
「けれども思うんです。お偉方の話し合いの場を設けるためだけに血を流す兵士たちの存在意義は何なのかと……」
「給料と人生の退職金が出るからな」
兵役救済基金。
そういうものもある。
ミズキには全く関係ないボランティアだが。
「でも」
「殺していい理屈にはならない……か?」
「です……」
「だよな」
そこはミズキも不思議だ。
一人一人なら、
「こんにちは」
で済む人間関係も国家のフィルターを通すと、殺すべき他人に変化する。
しかも食べるためじゃないというのが度しがたい。
自然の摂理とはまた別の原理に座標を置くのだ。
「殺人」
そう呼ばれる行為は。
「その辺りをツヴァイは知らないんです」
「さっき言ってたな」
中等症。
英雄願望の果ての果て。
誇大妄想癖のお伽噺。
人の命を斟酌しないのはミズキも同様なので、他人を論じられるほどの覚者ではないが、
「夢いっぱいの少年に国家の手綱を握らせるほどニヒリズムには陥っていない……と」
エルダーの思考はそうなる。
「私があのままならドライに託すつもりでしたが……」
「霧散したな」
口の端が歪んだミズキであった。
「面白いですか?」
「別に」
声が裏切っていた。
「王様になってはくれませなんだ?」
「お前と結婚してか?」
「です」
「さほど暇じゃない」
「婚前交渉ありきなら?」
「失望するだけだ」
「むぅ」
「別に見繕え。ていうか貴族の男児はお前を狙ってるだろ?」
既に趨勢は決している。
アイン快癒。
であれば次期国王は大事が無い限り既定路線。
そりゃまぁ嘆く者も出る。
「勝手にやってろ」
本当に。
単純に。
「ミズキは優しいですね」
「何処からそんな結論が出る?」
「ご自身の業から遠ざけようとしているのですもの。お礼の一つも言いたくなります」
「結果論だ」
ブスッと言って茶を一口。




