第140話 三人の殿下は14
「――――!」
「――――!」
「――――!」
喝采が上がった。
王城が開き、剛牛が都民の視線より数段高い位置に座している王族に歓声を上げる。
「逆じゃね?」
がミズキの疑問。
そも国家を運営しているのは国民だ。
政治は必要だが、「働いていないのに金を貰っている立場の人間が養っている側を尊崇するのはどうよ?」との連立方程式が構築される。
いまだ誰も解決為しえない数理ではあるが。
「エルダー陛下万歳!」
「アイン殿下万歳!」
「ツヴァイ殿下万歳!」
「ドライ殿下万歳!」
声が熱波を伴って放出される。
爛々と輝く朱色だ。
「…………」
ミズキは高級そうな服を着ていながら、死んだ眼で民衆を睥睨していた。
「アルビノの……」
「あの御方が……」
「アイン殿下を救ってくださった……」
「「「ミズキ様!」」」
「あははは~……はぁ」
愛想笑い。後の溜め息。
民衆に手を振る度に、熱エントロピーが崩壊する。
ミズキの心が冷え冷えし、代わりに民衆の歓声が燃え上がる。
「熱力学的に逆だろ」
とは思うが、少なくとも麦の国にとって一大事ではあった。
明晰で華があり、慈しみとカリスマを並列させている。
アインという少女……王女がどう民衆に映っているか?
ある種の逆説的証明だ。
だったら助けた価値も在ったのであろうが、彼にとっては軍事侵略意図の永久放棄だけサインして貰えれば後は些末事である。
「ミーズキっ」
可憐に顔をほころばせる。
アイン殿下だ。
穏やかに金色の髪がキラキラ光り、妖精の鱗粉がそよ風によって振りまかれるように奇蹟の乙女として完成されていた。
「何か?」
「もっと笑おうよ」
「まだ夫婦漫才の方が笑える」
「いやん」
「お前のことじゃねーよ」
ミズキの意志は頑なだが、それを計算に入れて、
「ミズキをお婿さんにする」
気満々のアインでもあった。
「お前ら国民に養われている側なのにどうして自重しないんだ?」
「それもお仕事ですから」
まぁカリスマ……言葉を選ばないならアイドル性は必要な職業でもある。
少なくとも国民と軍部が操れなければ国家は運営出来ない。
だからって大多数が少数に機嫌をとるというこの矛盾がミズキにはどうにも意味が分からず理論として成立が難しい命題でもある。
「……まぁそれならそれでいいんだが」
外国人としてはあまり関係の無い話だが、
「これで王家の血統も安泰にあらせられる!」
酔狂の極みではある。
その素面で酔った熱っぽい瞳がミズキに向けられる。
「ミズキ様万歳!」
「さすが」
とはアイン。
さっと高みから俯瞰するだけで、ある程度パレードに盛り上がる面相を割っているらしい。
ミズキは美男子だ。
アルビノでもあるし、なお優秀……とこっちでは思われている魔術師でもある。
パレードの少女たちはミズキに夢中だった。
「やるじゃん私のミズキ」
愛らしいウィンク。
一般的な男子なら一撃必殺だが、「やることなすこと天中殺」こめかみを一本指で押さえるミズキ。
「何だかなぁ」
世の不条理を嘆くが如し。
「せっかくだから麦の国に戸籍を移しちゃいなよ」
「要熟考だな」
遠回しな拒絶。
「ふん! 面が良いだけで国家は運営出来ん!」
ツヴァイには面白くないらしかった。
金色の瞳には不満が乗っている。
別にブチャイクというわけでもないが、誰しもが振り返る美貌のミズキと比べれば評価はスッポンだろう。
「その手のことで嫉妬されてもな」
器が小さい。
ミズキの論評。
「このまま何事もなく終わると思うか?」
「無理じゃないかな」
これはミズキとアインの密談。
「だよなぁ」
カクンとうなだれる。
で、「仮に、行きでの策謀がまだ生きているなら」と定義すれば、
「――――」
衆人環視から悲鳴が上がった。
ルナティック。
狂化された人間の集団が牛車とソレを取り巻く人間を襲いだした。
「こうなると」
玄関開ければ二分でドカン。
血生臭い状況が王族のパレードで行なわれたということがそもそも王族批判にも当たるのだ。
首吊って制裁するにも首を吊らせる悪者が必要になる。
「で、あれば……」
必然、牛車の周囲を固めている兵士たちのお仕事だ。
ミズキも加勢は出来るが、少し違うことも考えていた。




