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第14話 鉄壁砦のひみちゅ05


「た、助けてくれ!」


 懇願。あるいは哀願か。


「そっちから襲っておきながら都合のいい話だな」


 皮肉るミズキだったとしても、これに関しては、元より山賊を殺すつもりで網を張っていたのだから、山賊ばかりを責めるわけにもいかない。


 かといって、それは言葉にする必要のないことも、また事実。


 ちなみにセロリの剣山刀樹は、既に地面に引っ込んでいる。


「さて……」


 彼は拘束した山賊を見た後、こちらに歩み寄ってきたセロリとカノンを見た。


「どうする?」


「殺そ」


 セロリの表情は、寸分の躊躇いも無く、殺害を決心したにしては、晴れやかな笑顔だった。


 山賊にとっては、死神の手招きに見えただろう。


「その前に拷問しませんか? 幸い傷ついて泣く人間もいませんし……」


 カノンは、より残酷な言葉を放ったが、その後に「あっはっは」と軽やかに笑って見せた。


 悪魔の理屈である。


「じゃあ最初は爪だな。ゆっくり剥そう。どうせ二十もあるんだ。そこそこ楽しめるんじゃないか? 終わったら指の骨を関節ごとに丁寧に折っていく。意識が何処まで持つか。お楽しみだ」


 彼も、二人に便乗する。


「た、助け……!」


「て欲しいなら情報を吐け」


 散々脅しておいて、自白を促す。


 交渉の初歩だ。


 もっともネゴシエーターでもないミズキたちにとって、これは交渉術ではなく本当に拷問をする腹積もりだったとはいえ。


「な、何を言えばいいんだよぅ……!」


「欲しい情報は一つ。お前らのねぐらだよ。そこに案内してくれたなら無事を保証してやる……多分」


 最後の「多分」は脅しを含めるためのモノだ。


「それとも悶え苦しんで死ぬか?」


「ひっ!」


 最悪の未来を想像して、山賊はあっさりと口を割った。




 中略。



「ここだよ」


 山賊を脅して案内されたのは、山中に出来た洞窟だった。


 どうやら洞窟をねぐらにしていたらしい。


「またベタな……」


 ミズキは呆れた。


「これでも動物の油で火を点ければ明かりは確保できるし、洞窟の泉で飲み水も確保で出来るから住み心地は悪くないんだ」


 知りたくもない情報が、提供された。


「山道から近いな」


「じゃなきゃ山賊稼業は成り立たな……ませんから……」


 途中で敬語に変わったのは、怯えの証である。


「入口はここ一つ?」


 これはカノン。


 山賊が頷く。


「少なくとも俺は他に知らないです」


「そ」


 彼女は、納得したらしい。


「なぁ……もうここまで連れてきたんだ。開放してくれませんか?」


 山賊は、臆病をこじらせて言う。


「お前の証言が正しいと思えるまでは無理だ。それともここで死ぬか? 別にこっちは一向に構わんぞ?」


「わかっ……りました」


 素直な山賊に、


「うん。よかれよかれ」


 ミズキは頷く。


「でも俺が居場所を吐いたってことを出来れば仲間には……」


「それは大丈夫だ。皆殺しにするから」


「…………」


 山賊の沈黙も、無理なからぬことだろう。


「こんな場所で山賊稼業をやってたら鏖殺される……という話を振りまいて、ソレが事実だと認識されないと、第二第三と現れかねないからな」


 当然の理屈ではある。


 少なくともミズキやセロリにとって、


「命とは平等に価値のあるもの」


 でなく、


「価値があるのは自身が大事に思っている人間の生死だ」


 という論理が働いている。


 これはカノンも同じだ。


「さて、じゃあ殲滅するか」


 あっさりと虐殺を口にするミズキに、


「どうやって?」


 カノンが、桃色の瞳に疑問を宿す。


「洞窟に入って、しらみつぶしに駆逐するしかないな」


 まず真っ当な理屈だったが、


「それだと面倒くさいよ。洞窟って、だいたい樹の枝みたいに分かれてるんだから、場合によっては撃ち漏らしがあるかも」


 同じく真っ当な理屈で返された。


「カノンならどうする?」


「水責め」


 カノンの答えは、簡潔を極めた。


「カノンが学院に益を与えれば口利きをしやすくなるって言ってたでしょ? ならここはカノンに任せて」


 ポスッ。


 胸を叩くカノン。


 多少貧相ではあったようで。


「しかし水責めって言ってもね」


 セロリは困惑していた。


「洞窟を埋め尽くすほどの水をどこから確保するの?」


「魔術」


 あっけらかんとカノン。


「魔術で大量の水を作り出して、洞窟に流し込むってことなの?」


「他にないでしょ?」


 何を今更と。


「と云うと……津波か?」


 ミズキが疑問を呈す。


 水属性の中級ゼネラライズ魔術……津波ビッグウェイブ


 大量の水を生み出し、複数の対象を押し流し、溺れさせる魔術である。


 然れども、カノンは首を横に振った。


「カノンに津波は使えないよ」


 ――じゃあどうやって? は愚問だった。


 ミズキもセロリも問うことはしない。


「お手並み拝見」


 の立場に甘んじる。


 カノンは、山賊の潜むとされる洞窟の入り口に立つと、洞窟内に向けて右手を突き出し、


「――水流ウォータカレント――」


 呪文を唱えた。


 キャパに保存されていた魔力が消費されて、魔術が駆動する。


 水属性の初級ゼネラライズ魔術……水流。


 人一人を押し流すだけの水流を生み出す、水属性魔術の初歩である。


 特別に害があるわけでもなく、まして洞窟を水責めに出来る類の魔術でもない。


 普通なら。


「……っ!」


「……な!」


 しかしてミズキとセロリは驚愕した。


 カノンの水流の威力に……である。


 彼女の水流は、一般的な魔術師のソレとは、規模が違った。


 あまりに大量の水が具現化し、彼女の意思に従って、複雑な洞窟内の隅々まで行きわたる。


 質量としては圧倒的で、それが魔術の初歩である水流などと、にわかには信じられない。


 が、現実としてカノンの水流は、大量の水にて、山賊の潜む洞窟内を、凌辱したのだ。


 魔術は、魔力の良し悪しによって威力が千変するのは、魔術師にとっての常識である。


 大量の魔力を使えば、水流を津波に匹敵する水量に変えられるのは理屈としてはわかっていても、常識がソレに追いつかない。


 カノンは飄々として、


「さて、五分ほど待ってから洞窟内を探索しましょうか」


 気楽に言ってのける。


「洞窟に潜む山賊は全滅だろう」


 それは言わなくともわかったが、ともあれ経済の支障と治安の維持においては、成功を納めた……と言えなくもないだろう。


「何者だ」


 との弁論が、ミズキとセロリの正直な感想だった。


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