第134話 三人の殿下は08
「えへへぇ」
快癒してからのアインと言えば、
「恋する乙女」
に相違なかった。
食べるときも寝るときも、ミズキにくっついて離れない。
王城は危機感が靄となって包んでいたが、
「知ったこっちゃないんだよなぁ」
アインの言動はそんな感じ。
ミズキにくっつく必然、会食にも参加せず、ミズキの部屋で二人食事する風景。
「貴様!」
とはツヴァイ。
「何か?」
城……というか王都での、
「アイン殿下息災」
のニュースは激震として伝播した。
「お姉様!」
「はぁい。弟ちゃん」
「治られたのですね。良かった」
ぬけぬけという。
「心配かけました」
「いえ……その……」
何時もの感嘆符は何処へやら。
おそらくミズキに叱責しに来たのだろう。
その話題の当人が前に居ればそれも出来ない。
別に計算したわけではなく、単純にタイミングの問題だ。
「冷えるな」
「温かい紅茶でも飲みましょうか」
「あ、ぐ」
「ツヴァイも飲みますか?」
「ええ、では」
そんなわけで使用人に三人分の紅茶を。
「王位を継承なさるのですか?」
とはツヴァイ。
「あんまり興味は無いですね」
アインはスッと紅茶を飲みながら端的に答えた。
「では俺様に……!」
「ソレを決めるのはお母様ですから」
「俺様が王になれば麦の国の繁栄は!」
「もっと謙虚に生きなさい」
強くない声。
だが何故かアインの言葉はツヴァイを黙らせた。
「軍事力は必要ですが、国を成り立たせる国民が麦を耕してくれないと戦力は維持できません。古来より飢えた軍隊が勝利した例は無いのです」
銀英伝の様なことを言うアインだった。
「侵略した土地から奪えば良いだろう!」
「ソレを為すと今度は大陸全土の国々から嫌われますよ?」
「叩き潰す!」
「戦争の基本はまず政略にあります」
「?」
「どういう理由で戦争するのか。その消費と獲得を天秤にかけるのです」
「だから土地が広がれば!」
「戦争は基本的に一対一。理想を言えば多対一で敵を討つのが常道でしょう。麦の国は土地柄に恵まれ、戦略、補給ともにやりやすい立地ですから戦線を維持できているんです。これを国の力と思っているのは錯覚ですよ」
スッと茶を口に付ける。
「では姉様は海の国との不可侵条約を飲むと!」
「飲まざるを得ないでしょう」
少なくともアインの立場なら他に無い。
「今すぐコイツをたたっ切ればいいだけだ!」
「…………」
ミズキは黙って推移を見やっていた。
ツヴァイの気持ちも分かるのだ。
「持ち上げるだけ持ち上げて落とす」
ある意味で謀略の基本だ。
「不義理は王族の矜持を地に落としますよ?」
それも事実だ。
「お茶、美味しいですか?」
話は終わり。
そう言ったアイン。
「美味い」
ミズキの言葉に嘘は無かった。
「それはようございました」
はにかむ様な乙女の表情。
「貴様!」
ツヴァイが睨む。
とはいえそれで畏れ入るくらいならミズキは二桁ほどには数えられるていど死んでいるだろう。
「何か?」
「殺されたいのか!」
「あんまり死にたくはないなぁ」
ホケッと。
紅茶を一口。
温まる。
「その態度が憎らしいんだよ!」
剣を抜く、
「――鎌鼬――」
よりミズキの宣言が早かった。
結果剣の鍔から先が追いつかなかった。
根元から剣が切断され、刀身は鞘の中に置き去り。
「さて」
ミズキの声は淡々としている。
燃え上がっているわけでも冷え冷えしているわけでもない。
本当に、
「どうでもいい」
のだろう。
「このことをエルダーに報告して良いか? いちおうお客人として不平不満に関しては宣告できる立場ではあるが……」
「ぐ……」
つまりそういうことだった。




