第125話 麦の国は危険がいっぱい11
同日深夜。
月の出る夜。
「ミズキ様! ジュデッカ!」
護衛騎士の怒号で睡眠から叩き起こされる二人。
「あふ」
「くあ」
欠伸をしながら応対する。
「鍵は掛けたはずだが?」
そんな想いはあれど、騎士は魔術で乱暴に扉を解錠してのけたのだ。
「で、何用よ?」
「放火です!」
「放火……」
「ホテルが灼かれています!」
「魔術か?」
「どうでしょう?」
それはさすがに護衛騎士も知らない。
「多分違うだろうがな」
とはミズキの予想。
当然ホテルが放火された以上、狙いはミズキでラストアンサー。
その上でホテルを放火するなら、物理現象に頼るだろう。
魔術の炎なら術式拡散が適応される。
そしてそのことを敵側は知っているのだ。
「とすれば……」
ガシガシと頭を掻く。
寝間着姿で考える。
「とりあえず避難が最優先です!」
「確かに」
言うまでも無いことだ。
「避難口はあるのか?」
「それは、ええ」
「じゃあ先に避難してくれ」
「は?」
護衛騎士はキョトンとした。
ミズキは寝間着からもこもこセーターとジーンズを纏って、チョンチョンとこめかみを叩く。
「考えろ」
「?」
「この場合放火すれば俺たちが避難口を使うのは必然だ。敵さんが何も仕掛けていないと思うか?」
「ではどうすれば!」
「こっちはこっちで何とかする。お前らは囮で避難口からいけ」
「何とか出来るのですか?」
「そりゃまぁやり様は色々ありますな」
「…………」
「判断ならびに行動は迅速にな。預けている馬車で合流するぞ」
「では!」
そして騎士は部屋を飛び出した。
「どうするの?」
「飛び降りる」
「…………」
冷静に考えて、
「頭が大丈夫か?」
との感想がジュデッカをよぎった。
「極寒地獄で鎮圧は出来ますよ?」
「余計面倒だ」
「でも」
ホテル最上階のスイートルーム。
そこから飛び降りれば人肉フリカッセが出来上がるが、
「死ぬ気は毛頭無いから気にするな」
ミズキはヒラヒラと手を振った。
「しかし」
ほとほと、
「ここまでやるかね」
相手方にも事情があるのは分かるが、
「これじゃ歩く災害だな」
そんな自己判断。
ミズキがいるだけで迷惑がかかると思えば、
「どうにもならんなぁ」
疲労の吐息も出るという物。
木造建築の最上階。
ガラスを張られた窓を魔術で吹っ飛ばす。
「まさか」
大凡をジュデッカも察したらしい。
「じゃいくぞ」
そのジュデッカを米俵の様に肩に抱えて、ミズキは飛んだ。
重力の必然。
質量と質量は引かれ合う。
結果。
落下。
ジュデッカの悲鳴がドップラー効果で辺りに響いた。
「漏らすなよ」
「それを先輩が言いますか!」
「死にゃしないんだから横柄に構えてろ」
そしてミズキは謳歌して宣言。
「――突風――」
突風を放つのではなく受ける方向に顕現せしめる。
落下速度が急激に低下する。
ふわっと華麗に着地。
「こんなもんですな」
が、相手方の思惑はまだ続いた。
「――――」
「――――」
狂気の声。
殺戮の遠吠え。
虚ろな眼が血を欲して襲いかかる。
「えーと?」
ジュデッカはついていけていなかった。




