第124話 麦の国は危険がいっぱい10
「……その」
ミズキがホテルで風呂に入っていると、ジュデッカが混ざってきた。
「お前も業の深いことだな」
ほとほと呆れるミズキ。
浴槽のへりに肘をついて嘆息。
健全な男子なら喜ぶ場面だが、
「かしまし娘に殺されたいのだろうか?」
ミズキの感想はそれだけ。
もっとも戦力で云えばジュデッカも相応ではある。
一時的に王立国民学院を無力化した実績を持つ。
ミズキがいなければそのまま終わっていただろう。
それなそれで一向に構わないミズキではあれど、とりあえず寄生先の拠り所を失うのも何なので、対処したと言った具合。
ジュデッカの方は意味不明だ。
学院祭に潜り込んでカノンと接触。
場合によっては無力化。
そのためのスパイだったはず。
実際にミズキに近づいたのもそのためのはずだったのだが、
「あう……」
今では完全に惚れていた。
本当に突然だ。
理由も無く、タイミングも逸している。
それなのに心の恋慕は枯れ野に火を放つ様に燃え上がった。
ミズキの方は理由を覚えている。
運命分解で途中経過をすっ飛ばしているので、ミズキ以外の人間は記憶していないだけだ。
結果残ったのがジュデッカの慕情となれば、
「臨める兵闘う者皆陣破れて前に在り」
印を切るのも情けだ。
「先輩は私を嫌っていますか?」
「何とも思ってない」
あるいは嫌うより深刻な返しだった。
「お試し期間で使ってくれて構わないんですよ?」
「別に焦ってないしなぁ」
「童貞でいいんですか?」
「セックスしたら何か得するのか?」
「えーと……」
特別何も無い。
あえていうなら命が出来るが、ミズキはソレを望んでいない。
「かしまし娘もそうだが、お前らの趣味がいまいち俺にはよう分からん」
チャプンと肩まで湯に浸かる。
「良い感性だと思うのですけど……」
ジュデッカにはそう映る。
「しかし、何だな。こういうのは貴重だな」
「混浴ですか?」
「平和だ」
村からこっち狙われることなく。
都市でホテルにチェックイン。
一応護衛の騎士も警戒に当たってはいるが、夜の月は爽やかだ。
「ふい」
ピチョンと天井から水滴が落ちる。
湯面に跳ねて、混じり合う。
「相手方も焦っているはずですよ」
ご尤も。
「だろ~な~」
ミズキも同意見だ。
モンスターも奇襲の魔術も通じないとすれば、どう対処すべきか?
難題だろう。
「こうなると逆に王女殿下が心配だな」
別にミズキには一切関係ないが、
「つまり」
とジュデッカも察した。
「先輩が王都に辿り着く前に王女殿下を殺害しようと?」
「そうなる」
それならそれで一向に構わなくもあるのだが。
ジュデッカは知らないことだが、ミズキのワンオフ魔術、
「治癒」
は死者すら蘇生させてしまう。
であれば死体の一部でも残っていれば接ぎ木の要領で回復できるのだ。
つまり手遅れという観念とミズキは縁が無い。
ここで詳らかに説明する義理もないが。
「どうしましょう?」
「神に祈れ」
――さらば救われん。
とは欠片も思っていないミズキ。
だが魔術が世界に於ける裏技である以上、
「世界創造神」
の意図は確かにあるのだ。
「おかげで世界は物騒だが」
ポヤッと。
「アイン殿下……」
ジュデッカの方は王女が心配で仕方ないらしい。
「そんなに尊敬できるのか?」
「人徳の高い御方にございます」
「ふーん」
自分から聞いておきながら、あまり熱心な応答でもなかった。
「が、まぁ都合は良いか」
「何がです?」
「王族に借りを作れるならこれ以上はないからな」
「もちろん報酬は望むだけ約束させて貰います」
「はいはい」
またピチョンと水滴が湯面を叩いた。




