第121話 麦の国は危険がいっぱい07
「――――」
吠える野犬……というより狼。
狂気に満ちた瞳と血を求める殺意。
「だろうよ」
とはミズキの談。
当人は紅茶を飲んでのんびりと。
ルナウルフ。
そう呼ばれる災害だ。
月狂条例と呼ばれる天然魔術の一種。
希に月は人や動物を狂わせ災害へと変質する。
ルナウルフはその典型。
狼が災害と化して人を襲う。
天気は快晴だが、解呪の方法もあまりないため、夜の月に魅入られたルナティックが獲物を求めて人里に下りてくることもしばしば。
夜限定というわけでもない。
単純に襲う相手が今まで居なかったのだろう。
で、のこのこ現われたのがミズキたちというわけだ。
「色々苦労してんだな」
ルナウルフにか討伐をしている騎士にか。
国益としてはルナティックの排除も騎士の仕事。
得に災害という様に、ルナティックは優先的に人を襲う。
「神様も何考えてんだか」
紅茶を飲みながらホケッと。
「――鎌鼬――」
風の斬撃が奔る。
躱すルナウルフ。
能力も一律強化され、なお月に魅入られた狼は十頭ほど。
護衛騎士は三人。
「分が悪いのか?」
素で尋ねるミズキ。
嫌味ではない。
本気でそう思っている。
「何なら手を貸すが?」
「いえ。ミズキ様におかれましては御心安んじられます様」
「それでいいならいいんだがな」
紅茶を一口。
「まぁ物騒なこと」
山賊に続きルナウルフ。
「麦の国って物騒なのか?」
「治安は良いはずなんですけど……」
ジュデッカとしても首を傾げざるを得ないらしい。
運が悪いにしては時間が時間だ。
昼間の林道でルナウルフが襲いかかってくる。
「月が出るのは夜で、この時間まで林道を誰も通らなかった」
ルナウルフが襲ってくる背景を推理するならそうなるが、
「これまで誰もルナウルフの縄張りを通らなかった」
は無理がある。
「何かしらの思惑が?」
「陰謀論の領域だな」
ルナウルフを捕獲してけしかける。
有り得ない話ではあるが、山賊の一件もある。
なおルナウルフなら金を出さずとも襲ってくれる。
リーズナブルだ。
騎士たちは苦戦していた。
元々の身体能力が人間より野生動物の方が高い。
そこに月狂条例の祝福だ。
なおかつ物量にも差がある。
「とりあえずとっとと終わらせるか」
紅茶を一口。
謳歌。
宣言。
「――突風――」
強力な風が爆進してルナウルフをハチャメチャに吹き飛ばす。
「わお」
とはジュデッカの感慨。
「――鎌鼬――」
吹っ飛んで騎士と距離を離された一部のルナウルフが風の斬撃を受けて死に居たる。
二度、三度。
立て続けに鎌鼬を放って斬殺。
「残りはよろしく」
騎士と戦っていた三頭は、
「さすがに護衛ごと葬るのもな」
とのソロバンだ。
馬車の周囲は相対固定で覆われているため息災だが、ルナウルフは放っておいていい類の現象でも無い。
盾と鎧で牙と爪を防ぐ。
剣で牽制して魔術で仕留める。
王族直属の護衛騎士の練度は高かった。
数さえ減れば、適確に対処し、理想的な戦果を上げる。
が、
「何者でしょう?」
がミズキ以外の想念だろう。
突風。
鎌鼬。
さほど珍しい魔術でも無い。
風属性と親和性のある魔術師なら大抵使えるソレである。
が、その普遍的な魔術で破格の戦果を弾き出すことが容易ではないのだ。
「そうか?」
ミズキには特別何がどうのでもなかったが。




