第115話 麦の国は危険がいっぱい01
「は?」
「へ?」
「ほ?」
とかしまし娘。
首尾良く終業式も終わり、冬休み突入。
ミズキと新年を迎えたいと言ってきた愛らしいかしまし娘はスケジュールを奪われて目と口で九つの円を作った。
「申し訳ありません」
とジュデッカ。
「麦の国に?」
「ええ」
爽やかに答える。
「セロリも!」
「カノンも!」
「わたくしも!」
当然の反応ではあろうが、
「邪魔」
二文字でミズキが一蹴した。
ミラー砦を失ったとはいえ海の国と麦の国の国境紛争が解決したわけではない。
麦の国が攻め手を失ったのは事実だが、かといって警戒を緩めるのは有り得ない。
なおかしまし娘はへっぽこのミズキと違って、軍学校のエリートだ。
麦の国に対する抑止力の裏付けであって、軽々しく学院を離れることの出来ない立場。
帰省するにも許可が要り、なおかつかしまし娘は、
「誰かが帰省するなら誰かが学院に残って欲しい」
とまで言われる逸材。
対するミズキは、
「好きにすれば?」
とシャンシャンで通る。
へっぽこは気楽なものだ。
「何故麦の国が?」
カノンの疑問は実に正しい。
「ミズキ先輩の御力を貸して貰いたいのです」
「となると……」
桃色の瞳は三者に奔る。
白と青と深緑。
「治癒……」
至極真っ当な結論。
「怪我人でも?」
「病人ですね」
「治癒強化では?」
「既に試しました」
「ですか」
「で、誰が?」
「第一子王女殿下……アイン様にございます」
「次期国王の最右翼じゃありませんか……」
「ですからミズキ先輩にご足労願いたいのです」
「敵国を利して何の得が?」
「少なくとも先輩に恩義を覚えたアイン殿下が次期国王となれば政治的に海の国は有用なカードと相成りますが?」
「にゃるほど」
海の国……というよりその国王としても基本スタンスが専守防衛であるため、麦の国と同盟和議が結べるなら願ったり叶ったりだろう。
一種の鬼札だ。
ミズキの治癒は。
「よくもまぁ無精のミズキを説得できましたね」
「理解ある先輩で嬉しいです」
答えにはなっていなかったが、まぁ事実。
「ミズキちゃんはどう考えてるの?」
「観光旅行」
不敬罪まっしぐら。
不安に覚える人間は此処に居ないが。
「実家に戻っても餅を食うだけだからな」
サラリーマンの家系だ。
便りが無いのは元気な証拠。
無論、ミズキの両親がミズキの能力を把握してもいないのだが。
もう一つ懸念はある。
ミズキの実家が王都で、両親が行員となれば、当然ギフトの目に入る。
当人は、
「だから?」
で済むが、両親は心臓発作を起こすだろう。
一応無病息災の身であることは報告しているので、新年を無理に実家で迎えるのも味気ない。
其処に来てこの事案だ。
金持ちではないため、旅費の都合がなく他国に行けるなら得がたい体験では無きにしも非ず。
「んなわけで冬休みは麦の国で過ごす」
そう決まった。
「じゃあせめて滅ぼしてきてくださいね」
「善処しよう」
カノンとミズキの応酬は、控えめに言って実行性が確立されていた。
「…………」
冷や汗を垂らすジュデッカ。
実際にそれが出来ることを知っている。
実際に学院祭でテロを行なっても、無かったことにされたのだ。
「まさか」
と、
「しかし」
の危機感と楽観論のせめぎ合い。
「麦の国そのものを無かったことにする」
そんな思惑。
「出来るはずがない」
これは常識論。
「けれども先輩は」
これは戦慄。
双方の摩擦熱が、冬の温度に負の正比例をして嫌な汗をかかせた。
南無。




