第108話 乙女の恋慕は凍らない24
「この感情は……っ」
ジュデッカは戸惑っていた。
「どうかしたか?」
ミズキはサクリと尋ねる。
特に支障をきたしたワケでもないが、
「――――」
真珠の瞳で見つめられると、心が三回転半ひねりを起こす。
見るだけで熱を持ち、声をかけられると脳が沸騰する。
その感情は誰も見たことがなく、けれど確かにある物。
「恋」
そう呼ばれる。
何が原因かは全く以て分かっていない。
格好良くて好きだという気持ちは嘘では無いにしても、
「事情があった」
のだからしょうがない。
ジュデッカの恋心の暴走は突然だ。
少なくとも当人には。
魔人が学院を襲った。
壊滅的打撃を受けなかったのは、
「カノンが掃討してくれたから」
である。
ジュデッカはカノンの魔術を把握している。
魔人に後れを取ることは無い。
それほどの威力を持っているのはある種当然で、
「英雄だ」
との褒め言葉と賛歌も妥当と言える。
だいたいターニングポイントはそこだ。
ミズキとデートをし、男子生徒と揉め合って、そこから少し記憶があやふやで、いつの間にか魔人が現われ街を壊し、カノンが討った。
状況が落ち着いて、
「じゃあデートを再開するか」
ぬけぬけとぬかす『何もしていない』ミズキに声をかけられると、ドクンと心臓がエビの様に跳ねた。
「???」
何がそうさせるのか?
ジュデッカの中の恋立方程式は答えを算出しない。
本当に、まるで動画のコマ落としの様に、
「突然ミズキが尊い存在に昇華された」
としか思えない心模様。
なおミズキはメイド服ながら格好良く、可憐で、儚げで、けれどしっかりと男の子。
「惚れたか?」
ミズキが苦笑した。
「あぅあぅあ……」
赤面せざるを得ないジュデッカ。
自身の恋慕を想い人に見透かされる。
羞恥の一つも覚えようという物だ。
「そこまでは計算外だったな」
意味不明なことをミズキは言った。
分かっているのは当人ばかりなり。
「この分じゃカノンは引っ張りだこだろうし」
ガシガシと後頭部を掻く。
『たった一人で魔人を討滅した勇者』
それが先述した様にカノンだ。
ミズキやジュデッカは『何もしていない』が、
「ま、知己が英雄ってのは鼻が高いよな」
そんなミズキの言葉は納得がいった。
「ていうかお前も」
ミズキの苦笑い。
ますます赤面するジュデッカ。
「大概趣味が悪いよな」
「ええ」
否定はしない。
「他にもいい男はいるだろうに」
「水も滴る?」
「俺は風属性だからなぁ」
そう言う問題でも無かろうが。
「とりあえず此処でこうしていてもしょうがない」
サラリとミズキはジュデッカの手を取った。
対象者は失神気味だ。
しなかったのは精神力の賜物で、僥倖と呼べる。
「芸が無いが喫茶店にしよう。お前もソレで良いか?」
「…………」
何も言えない。
代わりに首肯する。
「よし」
そんなわけで二人は喫茶店に入った。
「魔人……凄かったですね?」
ホットな話題ではあろう。
「たしかにな」
ミズキも頷く。
どこか空々しいがジュデッカは気付かない。
「カノンも大概だが」
それもまた事実。
一対一で魔人を倒してしまうとは人外の御業だ。
ミズキもジュデッカもカノンについては理解があるため腑には落ちるとしても。
「そういえば魔人はどうしたんでしょう?」
「さあ?」
すっ惚けるミズキ。
治癒で人間に戻しているが、
「そこまで事細かに説明する義理がない」
と云ったところか。
「ま、ちと絶望的ではあるよな」
「むぅ」
「お前が無事で良かったよ」
「あぅ……」
紅潮。
「本当に……」
とはミズキとジュデッカの両方の言葉。
「無事で良かった」
「ミズキは意地悪です」




