第106話 乙女の恋慕は凍らない22
甚だまずい。
そう思った瞬間、ミズキは既に謳歌を終えて宣言を唱えていた。
「――疾駆――」
魔力はそこそこ込めた。
手加減ではあるが、この場合は出し惜しみと少し違う。
ミズキが本気の疾駆を起動すれば助ける前に衝突でジュデッカを殺す羽目になる。
それが故の手加減だ。
「――――!」
男子生徒……だったものが魔物と化して吠えた。
理論上は有り得ると言われる症候群。
魔人化だ。
魔人。
魔術師とはまた違う魔術を使う人間を指す。
その発生要因は未だ分からず、なお人間と敵対する存在だ。
魔術師だけではなく一般人が魔人化することもあるため、本当に統計が取れず、
「討伐しては発生し」
を繰り返しているのが現状。
当然魔人も魔術を使うため、一般人では平民だけでなく兵士も相手に出来ず、抑止力として魔術師がいるとも言える。
あくまで逆説的に論じれば、ではあるが。
アクションとリアクションは時に反転する物で、魔術師の存在意義は決して魔人の掣肘ではない。
魔術師だけが討伐できるから押しやられているだけで。
閑話休題。
男子生徒……魔人は背中から悪魔の羽を生やして空を跳んだ。
血脈が黒い蔦の様に全身を彩り、瞳は血彩に染まっている。
こうなるともう暴れるだけだ。
「問題は……」
疾駆で逃げているミズキの苦労。
「魔人の魔術は洒落にならんところだよな」
まこと以てそれが難題だ。
ジュデッカをお姫様抱っこしながら疾駆で屋根から屋根へと逃げていく。
そんなミズキとジュデッカに、
「――――!」
強力な魔術を乱発する魔人。
「どこまで逃げるんですか?」
「お前が安全なところまで」
「戦えますよ?」
「乙女に傷でもついたら大変だ」
「乙女……」
赤面するジュデッカだった。
お姫様抱っこされて優しくされる。
なお魔人の暴威から助けてくれた。
そして疾駆の精度の高さ。
人間としても男性としても魔術師としても羨望の的だ。
吊り橋効果ではあるが、
「まるで王子様に助けられた……」
お姫様の様だ、がジュデッカの意見だった。
「――太陽――」
魔人が宣言する。
現われたのは太陽の如き熱塊。
しかも男子生徒が見せた太陽の五倍は大きさがある。
炸裂すればどれだけ被害が出るか?
想像するだに恐ろしい。
ジュデッカは死すら覚悟した。
「仕方ない」
疾駆していた屋根の上。
ジュデッカをお姫様抱っこしたままミズキは宣言する。
「――術式拡散――」
あまりに暴威的な太陽の術式をあっさり解く。
「っ!?」
絶句。
他にあるまい。
魔人の魔術を真っ向から受け止める。
先の術式拡散にどれだけの魔力を注げばソレが可能か。
なおミズキはそれでも飄々としており、体力および魔力ともに一切支障も無いらしい。
「せん……ぱい……?」
見る眼が変わった。
へっぽこ。
ミズキは自分をそう卑下していた。
が、蓋を開ければどうか?
疾駆と術式拡散を見るだけでわかる。
在る意味で高位の魔術師に相違ないと。
「――鎌鼬――」
風の下級呪文。
弱い風の斬撃を放つ。
「――相対固定――」
襲いかかりながら防御の呪文を唱える魔人。
既にその領域は人を超えている。
先までの男子生徒とは既に魔術のステージが桁二つほど違うのだ。
絶望的にも為るが、
「――――!」
それは魔人も同じだった。
胸が浅く切り刻まれる。
「――――?」
ミズキの魔術。
下級魔術たる鎌鼬が魔人の相対固定を上回ったのだ。
「え? えぇ?」
あり得ない光景はジュデッカの思考を真っ白にする。
防御の中級魔術……くわえて魔人の行使だ。
そこにへっぽこ魔術師の下級魔術が上回るという結果。
冗談の様な本当の話。




