第104話 乙女の恋慕は凍らない20
「そんなに俺は格好良いかねぇ?」
メイド姿の可憐なアルビノ美少女は愚痴った。
当然ミズキだ。
喫茶店。
チョコレートを飲みながら、だ。
ジュデッカは眉をひそめて不可思議そう。
「乙女を恋に落とす身では?」
「かしまし娘くらいしか惚れられてはいないんだが……」
「へっぽこ……でしたか?」
「さいだ」
「何故?」
「治癒魔術師だからな」
「?」
「そもそも攻撃魔術で軍隊吹っ飛ばされて、その一人一人を治癒して回っている暇があると思うか?」
「むぅ」
「しかも死者は治癒できない」
「むぅ」
「魔術は攻撃的技術として確立されている」
これは確かだ。
少なくともゼネラライズ魔術のバリエーションは確かにソレを証明している。
全部とは言わないが、ほぼ大部分が攻性の特質をもってあるのだから魔術というのも業が深い。
「んで、死傷者が出るのは戦場」
「…………」
「回復要員に戦場を奔り回れと?」
「つまり?」
「治癒魔術はへっぽこの証だ」
いけしゃあしゃあと言ってみせるミズキ。
どうしても卑下しなければ心の安寧を保てない卑屈さ。
器の小さい人間だ。
むしろそれこそが当人のプライドと呼べるかも知れないが。
同じくチョコレートを飲みながらジュデッカは言った。
「先輩は……」
「何か?」
「魔術を使いませんよね?」
「だな」
「良くないですよ?」
「知ってる」
超回復。
これは魔力にも言える。
体力は消費すると増える。
骨は折れてくっつくと頑丈になる。
同様に魔力も使えば使うほどキャパと練度が高くなる。
魔術師が魔力を頻繁に消費する理由だ。
そこいらに立っている街の照明。
今は昼なのでついていないが、夜中に輝くのは魔力と魔術陣の謳歌のおかげだ。
似た様な機能に家事の側面を助ける仕様の魔術陣もある。
これはカノンの宿舎が良い例。
勿論ミズキとセロリの寮部屋も同じ仕様だ。
「ま」
チョコを一口。
「へっぽこで構わんよ」
本当にその様な。
「人殺しの技術を誇ってもどうしようもないだろう」
ミラー砦を地上から消し去った男の言うことではない。
「…………」
半眼で睨むジュデッカ。
無論そんな事情を知る由もない。
単に卑屈で捻くれたミズキの心の有り様に義憤しているだけだ。
ミズキも覚ってはいる。
空気を読まないため弁明もしないが。
そんなことを思っていると、
「おい、へっぽこ」
声がかけられた。
学院生だ。
ミズキをへっぽこと呼ぶのは他にいない。
ガラの悪い服装と悪臭のする笑み。
「へっぽこ」
と言ったとおりにミズキを下に見る。
「何か」
視線だけそちらにやって問答。
チョコレートを飲みながら。
「そっちの嬢ちゃんをよこせ」
「どうぞ持っていってください」
悪逆非道も良いところだった。
「先輩!」
「何よ?」
「デート中!」
「そっちの男子とどうぞ」
「わかってるな。へっぽこ」
「ええ、とても敵いませんので」
そのへりくだりは男子の自尊心を豊かに満足させた。
「嬢ちゃんのメイド姿は可愛いな」
「ですか」
「名前は?」
「ジョン」
嘘にも程がある。
「こんなへっぽこ相手にしないで俺とデートしない?」
「嫌です」
「俺、成績いいぜ? 魔術の指導もしてやるよ」
「要りません」
「ああ? 俺に逆らうってのか?」
「なんなら殺し合いますか?」
「上等だ……」
二人は睨み合った。
「何故こうなる?」
ミズキはチョコの苦味ではなく顔をしかめた。
どうにも厄介事というのは逃げようと思っても捕まってしまう程度には把握性が高いらしい。




