第103話 乙女の恋慕は凍らない19
文化祭六日目。
その早朝に叩き起こされて、ミズキはコーヒーで眼を冴えさせてアイデンティティを確保する。
セロリはニコニコ。
ギフトはワンワン。
ミズキはダルダル。
朝食をとってから着替える。
メイド服だ。
鏡を見て一言。
「誰だお前?」
それほどミズキのメイド服は愛らしかった。
自己の姿を顧みてツッコミを入れてしまうのは、どうしようもなく彼の女装メイド姿が麗しいからに他ならない。
無論セロリも、ギフトも。
白髪。
青髪。
朱髪。
色とりどりの美少女模様。
違和感なく溶け込むミズキがある種の凄まじさの証左なのだが。
それからカノンの宿舎へ。
全員揃ってから、接待の準備。
ミズキは一人本を読んでいたが。
裏方の使用人もまたレベルが高く、
「金額相応ですね」
とはギフトの言葉で、
「んなわけあるか」
がミズキの反論。
簡潔に言って詐欺の理論。
こうなるとまだしもホストの方が良心的じゃないか……と、かなり深刻に思案ぶるに吝かではない。
ともあれ準備が整えば、次は舞台でオークション。
値がつり上がっていく様は、良心に痛みを覚える。
無論大げさな表現で。
実質的にはさほどでもない。
オークション参加者に印を切るくらいはしてしまう。
「当人が満足ならそれもよかろうが」
とは思えど、ミズキにしてみればいつものかしまし娘である。
これも昨夜のギフトと同じ、
「持てる者の傲慢」
と言ったところか。
七つの大罪の一角。
こちらの神はすこぶる性格が悪いことで知られてもいる。
文句を付ける気はミズキには無い。
恩恵。
世界の裏技。
曰く、魔術。
その典型例がミズキであるのだから。
ホケーッと空を眺める。
一週間かけて行なわれる学院祭も、雨は呼ばなかったらしい。
それはそれで構わないとしても、
「ミズキちゃーん」
舞台に立っているメイド姿のミズキに黄色い声援を送る男子は、
「殺した方が世のためではなかろうか?」
との提議が為される。
オークションが終われば喫茶店の開店。
一人のお客様を徹底的に奉仕するシステム。
ミズキは指名されなかったので一人本を読んでいた。
「先輩」
こちらも指名されなかったジュデッカが声をかける。
「どした?」
セロリが紅茶にミルクを入れて混ぜ混ぜしている横で、
「今日は私とデートしてくれませんか?」
セロリとはした。
サラダともカノンともギフトとも。
順当に行くならジュデッカも範囲内だろう。
「構わんよ」
やはり穏当に。
「先輩の髪……綺麗ですね」
「欲しいか?」
「テイスティング用に一本」
「変態」
「褒め言葉です」
苦笑して一本引っこ抜いた。
「わはぁ」
と笑うジュデッカは控えめに見て変態だった。
喫茶店が終わった後、ジュデッカとデート。
異論は出ない。
そもそれを否定すればブーメランになってしまう。
もちろん乙女心が方程式通りに解を導き出すのなら、世界はもっと器用に回るが。
昼食をとって武闘祭の見学。
火球。
水流刺突。
鎌鼬。
自己固定。
津波。
太陽。
さすがに準決勝とも為れば魔術戦闘も頭一つ抜けている。
元より王立国民学院は軍学校。
魔術師は戦うために勉強する。
セロリやサラダが良い例だ。
軍事力の裏付け。
その競い合いは、洗練され、昇華されていた。
「ジュデッカにはどう見える?」
「偏に凄いです」
感嘆の声だった。
灰色の瞳は少しくぐもった彩を持つが、
「だよなぁ」
そちらを見ていないためミズキは気付かない。
観客席から見下ろしていたが、多彩な魔術が華麗に乱舞し、しかして敵に届かないもどかしさ。
「先輩なら勝てますか?」
「暴力有りきなら」
術式拡散。
それで相手の魔術を封じ込めてフルボッコ。
であれば勝てはする。
「華がない」
もまた事実だが。




