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4 『ヒロイン』


「……その反応だと、やっぱり『ユメヒカ』を知ってるみたいだね」

「うん」

 私がしっかりと頷くと、彼女はほっとしたような嬉しそうな笑みを浮かべる。

「改めて自己紹介するね。私は神月瑠果(こうづきるか)、高校三年生。

 えっと……『ユメヒカ』主人公に似てはいるけれど、違うんだ」

 そう始めた彼女の話を聞きながら、私はまた驚き通しだった。

 彼女は前世の記憶をもつ、いわゆる転生者というものらしい。ただ、ここがプレイしたことのあるゲーム世界に似ていると思い出したのは、アインヴェルトに召喚された時。つまり、自覚をしたのもごく最近のことになる。よみがえった記憶も色濃いものではなく、『ユメヒカ』の物語とそれに関連するものがとても好きだったという事実を覚えている、という程度。前世の彼女自身がどんな人間でどんな風に亡くなったかは深く思い出せないそうだ。それまではごく普通の高校生として生活していたし、好物や得意なことは記憶にあるヒロインのものとは違う。実際に十八年生きてきた彼女にとってはここは紛れもない現実で、本人としてはただ『ユメヒカ』に似ている世界に生まれ変わったのかな、という考えに落ち着いているらしい。そして、もちろんこんな話は誰にもできないし、実のところ自分がそう思っているだけのただの妄想なのかもしれないと、ずっと気に病んでいたらしい。

「あなたが私の名前を呼んでくれてとても驚いたし、すごく嬉しかったの。

 もしかしたら、私の話をわかってくれるかもしれないと思って」

 この『ユメヒカ』を大好きな気持ちを誰かと共有したかった。そう言って彼女は顔をほころばせた。

「そうなんだ……」

 ……嬉しそうなところ申し訳ないが、私は気にかかることがあり、手放しでは喜べなかった。私の場合はテオドールが二次元本命の相手。好きが過ぎて引かれてしまわないか、そして万が一彼女が同じキャラを好きなのが駄目なタイプのファンだと、目も当てられないことになってしまう。

「あの、私もすごく『ユメヒカ』が好きで、むしろキャラの一人を生活の糧にしていたレベルなんだけど、逆に大丈夫……?」

 恐る恐るそう切り出してみたが、その心配はすぐに杞憂に終わる。

「大丈夫! たぶん私もかなり好きだった方だと思う。特定のキャラ推しって訳じゃなく、皆満遍なく好きだったかなとは思うけど……

 イベントとかグッズの記憶もあるよ。この浄化の指輪レプリカも、いくつも持ってたくらい」

「本当?! 私も保存用と使う用と分けて持ってた!」

「ファンブックとかソフトとか、布教用にも分けて買ってたタイプだったよ」

 わお。ヒロインがガチ勢……こんな稀有な感動は2度と無いだろうな。

「たぶん本物……の浄化の指輪も着けてみてもらえればいいんだけど、これが召喚の媒介になっているせいか、持ち主の御使いから外すことができないの。せっかくなのにごめんね……」

「いやいや、お気遣いなく……本物を目にできただけで満足です……」

 本物は私なんかが身に付けるには恐れ多すぎる。この指輪はやはりヒロインが身につけていなくては。でも、そうか、外れないのか。自分のネックレスを首から外せるか試してみるけれど、なるほど確かに不思議な力の反発にあい、動かすことができなかった。これだと隷属の指輪と同じく呪いのアイテムみたいなものだな……まあ、これなら道中もなくさないし便利かも。

「そういえば、あなたの名前もまだ聞いてなかったね。ごめんなさい、嬉しくて自分のことばかり話して」

「ううん、私も楽しくてすっかり忘れてた……私は藤本悠希、大学二年。悠希って呼んで!」

「うん。悠希さん、どうぞよろしくね」

 にっこりと笑う顔が眩しくて……ああっ、でも、彼女は彼女。生きて人格もある一人の人間で、『ユメヒカ』ヒロインとは別人だ。あのヒロインちゃんでなく、彼女として見なければ失礼だ。

 でも、私はどうしてもお願いしたいことがあった。ファンの間ではヒロインのことを『瑠果ちゃん』と呼ぶのが通例だったので、出来ればそう呼びたかったのだ。

「あの、もし良ければなんだけど、瑠果ちゃんって呼んでもいい……? 本当に良ければなんだけど……」

「もちろん! 私もヒロインは『瑠果ちゃん』呼びだったな……」

 おずおずと提案した私の言わんとすることがわかったのがさすがというか……快く許してくれて、ほっとする。改めて顔を見合わせて、お互いにふふっと笑いあった。

「それで、悠希さんは誰が一番好きなの?」

「えっっ」

「さっき、生活の糧にしていたっていうから」

 目をきらりとさせながら、瑠果ちゃんが私に尋ねてくる。そうだった。今この世界には、テオドールがいるんだ。瑠果ちゃんもそうだったように、彼もこの世界に住む一人の人間であり、もちろん私の好きなテオドールとは違うだろう。それでいいし、混同してはいけないと自分を戒める。でも、そっと眺めるくらいは許してもらえないだろうか。あわよくば少し言葉も交わしてみたい。私の中の『彼』とは違っても。

「さっきの皆を見た様子からすると、テオドール、かな?」

「……そんなにわかりやすかったの……?」

 ずばりと言い当てられて頷くしかない私に、うふふと笑う瑠果ちゃん。うん、とても敵いそうにないな。

「それで、今後のことなんたけど……」

「はい!」

 ぴしりと姿勢を正した私を見て瑠果ちゃんが笑う。憧れの世界に来たことで浮かれていたけれど、ここが現実である以上、しっかりと身の振り方を考えなければ。

 まずは大前提として、あの『ユメヒカ』ストーリーと同じように物語が進んで行くと仮定する。今のところ瑠果ちゃんは攻略対象全員と出会っていて、概ね記憶にある物語通りの出来事が起こっているらしい。

「悠希さんも『神の御使い』として召喚されたんだとすると、私と同じようにこの世界の穢れを祓っていくことになるんだと思うの」

「うん」

「色々なことは省いて、物語として気になるのは、役目を終えた後に叶える『願い』についてどうなるかってことかなぁと」

「そうだね……」

 物語では、アインヴェルト各地を巡って穢れを祓い、アクセサリーいっぱいに溜まった状態で神殿に奉納しにいく。これを瑠果ちゃんと私の二人で行った場合、叶えられる願いの数や配分はどうなるんだろう? もしかしたら、二倍の六つとかになるんだろうか? そもそも今までの願い事は復活を試みた闇の神に叶えられていたのだと思うけれど、アインヴェルトの世界では何度も『神の御使い』が召喚され願いが叶えられているし、有り得ないことでは無さそうだ。

 それに、『ユメヒカ』によく似たこの世界には、物語の進行やイベントなど何かしらの強制力が発生したりするのだろうか。もしストーリー通りなら、浄化のアクセサリーを奉納すれば、ラスボス戦のあと最低限三つの願いを叶えられるはず。

 役目を終えたら元の世界に帰れるとして、聞き届けられるなら、攻略対象者全員の願いをちょうど叶えてあげることができるかもしれない。『ユメヒカ』大好きな自分としては、皆の願いを叶うようにしてあげたいなぁ。

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