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12 私にはない未来


 長く続いていた森を抜けると、辺りは平原になった。平原をしばらく行くと、大きなピラミッド状の建造物が見えてくる。そのまわりをぐるりと囲む壁のなか──中央都市に入った。万全の体制で臨むために丸1日休んでから神殿にいくことにしたので、神殿にも明日行くと知らせを出しておく。

 宿の部屋で瑠果ちゃんと闇の神戦について思い出したことを改めて見返していた。メモとしていつものノートに書き込んでいたけれど……

「そういえばこれ、燃やさないとな……」

「そのノート?」

「出来れば持って帰れると嬉しいなって思ったんだけど、それは無理だろうし……読める人が出てきたらちょっと……」

 ああ、と納得したように瑠果ちゃんは同意する。ノートの中身は日本語で書いた日記のようなものと、あとは時折脳内スチルを出力したラフもある。ちなみに、テオドールたちの故郷を訪れたときに見た民族衣装図解は瑠果ちゃんにも楽しんでもらえた。

 『神の御使い』が私たちのように近い世界線から連れられて来ているなら、今でも読める人がいるかもしれないし、絵にしても他の人に見られる訳にはいかない。やっぱり今日のうちにお焚き上げしておこうかな……

「ねぇ、今日がゆっくり話せる最後の機会だと思う。……テオドールと話さないの?」

「えっっ……ななんで?」

 突然の瑠果ちゃんの問いに動揺する。けれど、その瞳は面白がるようなものではなく、私を案じている。

「最初のころと、テオドールを見ているときの雰囲気が違うかなって」

 うっ、と言葉につまる。見ないように、見ないようにとしてきたこの感情は、大きくなっていくばかりで。以前スピカに指摘されたときもそうだったけど、傍目にみて分かりやすいレベルなんだとしたら……ものすごく恥ずかしい。まさに、ものや思ふと人の問ふまで、だ。

「『ユメヒカ』の彼じゃなくて、テオドールが好き?」

「好き……なんだろうけど。」

 でも、こんなのきっと、吊り橋効果だ。テオドールは優しくて、危ないときいつも助けてくれるから。だからどきどきするのだ。刷り込みのようなものだ。

 それに、私は三次元の人間をまともに好きになったことがないし、恋と思いたいだけなのかもしれない。皆への好きと違うと感じるのは、最初から私が『彼』に特別な感情を持っていたからだ。独り善がりのこの想いに確信を持てない。

「そんなに難しく考えないでいいと思うけどな」

「……瑠果ちゃんは?」

 そういえば、例のお付き合いしている幼馴染みさんの話を聞いてみたいと思っていたんだ。瑠果ちゃんがその人を特別だと思う理由を知りたい。

「ええっ、私はいいよ」

 瑠果ちゃんにしては珍しく大振りに手を振って顔を赤くする。じっと期待の目で見ると、少しずつ話してくれた。

「えっと、私の幼馴染みは隣の家に住んでるんだけど……誕生日も近くて、親も仲が良いからそれこそ生まれてからずっと一緒みたいな感じで……」

 隣の家の幼馴染み!! 王道過ぎて思わずニヤニヤしてしまう。

「高校受験で志望校が違うって知って、なんというか……私の方は離れるなんて思ってもみてなくて、それがすごくショックで。それに、私の知らないところで私の知らない誰かと仲良く話すんだなって考えたら……すごく嫌だなって思ったの」

「そして紆余曲折ありお付き合いすることになったと……」

「そんなところです!」

 子供っぽいでしょ? と瑠果ちゃんは赤い頬を誤魔化すようにパタパタと手で扇ぐ。瑠果ちゃんのこんなところは初めて見た。うーん、恋する乙女かわいいな。

「次は悠希さんの番だよ」

 私も話したんだからね、という圧にたじたじとなる。私が思う、テオドールが特別なところ。ずっと考えないようにしてきたところ。それは一体なんだろう。

 いつも頼りになるとか、単純に顔が好きとか、それはまあそうなんだけれど。それだけなら他の皆もそうだと思うし……とにかく幸せであって欲しい、とは思う。でもこれは、この世界で関わった皆にも思うのとどこが違うんだろう。

「例えば、さっきの私の話に当てはめてみたら?」

 わかりやすくバルトルトの場合と比べてみて、と具体的に促されて想像してみる。

 例えば、バルトルトが女の子と──ここは身近にスピカを想像してしまったけれど、親しげに話していたら。遠くからちょっとにやにや眺めつつ、よしよし頑張れーってスピカを応援しちゃうな。

 そして、テオドールなら? そのままスピカで想像してしまったので嫌だとは思わなかったけれど……羨ましいなと。思ってしまった。この先の私にはない可能性だから。はたと思ったけれど、もしかして故郷で同じ歳まわりの許嫁とかいたりするんだろうか。だって一応族長の息子だし。誰かがテオドールの隣で笑って、テオドールが優しい目でその人を見つめている様を想像して……胸がぎゅうっと締め付けられるように痛んだ。

「……どう?」

「…………ものすごく、モヤモヤした」

 悲しいことや辛いことが起きても、最後には笑っていて欲しい。幸せだったと思う人生になればいい。でも、その幸せのなかに私がいたらいいのにと、思った。

「皆にも、テオドールにも、幸せになって欲しい。それは同じなんだ。

 でも、テオドールは──もしできるなら、隣にいたい」

 なんとなく答えを見つけることができて、それは自分のなかにストンと落ち着いた。私はきっと、テオドールが好きだ。そう思ってしまったからにはもう無視できない。

 そうだとして、気持ちを伝えてどうなるんだろう。自分がどう思われているか想像するだけでも怖いし、どうせ元の世界に帰るのだし、知らないままの方が今後の精神のためにもいい気がする。側に居られなくても、嬉しかったり楽しかったりしたことを思い返した時に、私のことも一緒に思い出してもらえたら嬉しい。ほんの少し……と言うには大きい、欲張りな気持ち。これが、私の特別だ。

 ぐるぐると考えていると、部屋の扉がノックされたので瑠果ちゃんが扉へ向かう。

「テオドール。どうしたの?」

「休んでるのに悪いな。ちょっと……ユウキに渡したいものがあって」

 テオドールは、扉からこちらに目を向けた。渦中の人物の来訪にどきりとする。瑠果ちゃんと話していたことが聞こえてしまっていなかっただろうか。

「それなら私、少し散歩してくるね!」

「ええっ」

 瑠果ちゃんは目をキラリとさせると私に手を振り、レオンたちに声をかけてくるーとさっと部屋を出ていってしまった。

 る、瑠果ちゃーん………二人にされてしまった……このあとどうすれば……

 とりあえず、このままは静かすぎて話しづらいので場所を変えたい。

「えーと……私も散歩したいから、一緒に来てくれる?」

「ああ」


 中央都市は整然と整えられた街並みに水路、公園のような緑地も存在した。そういえば前に中央に来たときはゆっくり見て回る時間がなかったな。色とりどりの花が咲いていて綺麗だ。私の隣を歩くテオドールの気配を感じながら、こうして今一緒に歩いて同じものを見ているという事実だけで十分な気がしてきた。

 ふいに、テオドールが立ち止まったので振り返る。

「どうしたの?」

「ユウキ、手を貸せ」

 首を傾げながら言われるままに手を出すと、テオドールが私にそっと手渡したのは、スピカの村でもらった守り石だった。

「これ……」

 テオドールの瞳と同じ、榛色の石が手のひらの上でキラキラと光を反射する。

「明日は何が起きるかわからないんだろ? またきっとお前は無茶するだろうから……

 あー……じゃなくて……」

 くしゃくしゃとテオドールは自分の頭をかいて、言い直させてくれ、と言う。……心なしか頬が赤い、気がする。

「スピカの村では、大切なやつに自分の守り石を渡すって言ってただろ。

 だから、ユウキ、お前にこれを持っていてほしい」

 そう言って、私を真っ直ぐに見た。真剣な表情に胸が苦しくなる。それは、どういう意味で。なんだろうか。

「たとえお前の心にあるのが『予言書の俺』なんだとしても、その石を持っていてくれ」




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