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閑話 バルトルト


 腕に抱いたユウキさんがもう一度眠りに落ちたのを確認すると、兄さんはそっと頭を撫でていた手を止めた。まるで壊れ物に触れるようだ。その様子をじっと見ていたレオンハルトが口を開いた。ユウキさんとルカさんを気遣ってか、いつもより少し小さな声だ。

「大分仲良くなったと思っていたが、お前たち恋仲だったのか」

「……別に、そうじゃない。無茶するから目が離せないだけだ」

 兄さんの返答にレオンハルトはそうなのか?と首をかしげる。

「今朝俺とユウキが話していたとき、すごく怖い顔でこっちを見てただろ?」

「………」

 図星だったのか、小さくため息をついた兄さんは不機嫌そうに口を曲げた。レオンハルトは、これでわざとやっている訳ではないところが恐ろしいな。彼は純粋な疑問で聞いている……無自覚に触れてほしくないところを踏み抜いていく、ある意味一番厄介なタイプだ。

「テオドールの話をしていたんだが、あの反応はユウキもお前を好いてると思ったが」

「……こいつは、俺とどうこうなることを望んでいない。

どちらにしても、お前には関係ないことだ」

 はっきり言わないとレオンハルトの悪意なき追及がやまないと思ったのか、念押しするようにそう言葉を追加して、いらついたように会話を打ち切った。……以前の兄さんはこんな風に動揺を見せてくれることもあまりなかったと思うと、感慨深ささえある。

 時間が経ったので、御者台のアルフレートと交代に向かう。急いで駆けるために馬たちには少しだけ加速の魔法を、馬車の方にも耐久をあげるため薄く風の膜で包んでいる。

「ユウキ、少し起きてた?」

「ええ、今はまた眠っています。ルカさんは、顔色が良くなったと思います」

「そう。良かった。」

 そう告げると、アルフレートはほっとしたように表情を崩した。

「アルフレートも、少し休んでください」

「うん、任せた。」

 アルフレートの魔法を保つために、補助として定期的に魔力を流す。地図から見ても、あともう少しで人の住むところまで出られるだろう。


 あの山賊に襲撃された事件の後から、それが恋情とまではいかなくても、ユウキさんは兄さんにとって特別なんだと感じていた。今はどうだろう。なにせ、レオンハルトにもああして指摘されるぐらいなのだから。

 思えば、出会ったときから何故か兄さんはユウキさんを警戒して気にしていたような。初めからあの人に感じる何かがあったんだろうか。ユウキさんの方は……最初は兄さんのことを怖がっていると思っていたけれど、いつからかそうではないんだと悟った。兄さんを見ている時の眼差しがとても幸せそうだ、と気づいてからか。でもどこか懐かしむようで、それに私たちには一線を引いているところがある。傍観者……とでもいうんだろうか。時折少し俯瞰したところから私たちを見ている気がしていた。

 昨日、叶えてもらう願いについて話していたとき。思案しているうちその思考が漏れたのか、本人は口からこぼれ落ちたことにも気がついていないようだったが──いっそすべて忘れられたら、と、そう言っていた。その言葉に、真意はわからないまでも、ユウキさんは役目を終えたら確実に帰るのだと。それを改めて感じた。

 兄さんと二人、呪いを解く方法を探して旅をするうち、過去この世界に残る願いを叶えてもらった『神の御使い』がいるという話を聞いたこともあった。当たり前かもしれないが、ユウキさんのなかには最初からその選択肢が無い、ということだ。

 すべて忘れられたら、というのはどういうことなのだろう。あの夜話したように辛く忘れたいこともたくさんあっただろう。あの人の生まれ育った平和な世界に戻った後は、確かにこの旅の記憶は弊害も多く不要なものかもしれない。でも。忘却は、死と同じだと私は思う。もしあの人がそれを願ったなら、私や兄さん、スピカや、他の皆も……ユウキさんのなかでは死を迎えることになる。それはとても悲しくて、そして、寂しい。

 どんな結末でも、二人が納得して出した答えになるならばそれがきっと一番なのだろう。それはわかっているけれど。別れが確実ならば少しでも良い思い出をと、そう願うのは、間違っているだろうか。



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