表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WALK  作者: 01(まるひと)
3/6

でかい任務

『風真も戻ってきたことだし、明日の任務の話をしようか』


 円卓に本部メンバー全員が揃っている中、くぐもった声を発するのは、怪奇討伐対策本部のリーダーである伊藤則晶こと、ノリさんだ。

 なぜノリさんの声がくぐもっているのかというと、ノリさんの姿を見ればわかる。

 会議室にもかかわらず、ノリさんは土の壁に覆われているからだ。


 理由は言うに及ばず、風真から難を逃れるための手段の一つとしてこのような行動に出ている。


 ノリさんは風真対策からこういった行動をとっているが、風真も風真でノリさんに一矢報いようと対策を講じている。


 だがそうは言っても風真も原始的な方法。風の能力によって、土壁の外側をひたすらに風で切り刻んでいた。いかにも人を殺す勢いだ。

 つまりは会議室が強風が吹き荒れる。


「あの…」


 場違いな暴風を全身に浴びながら、必死にスカートを抑える麗奈。唯一スカートを身にまとっている麗奈は憤りを隠せないでいる。


「やめてほしいんですけど…」

「ならテメェがこいつを殺れ」

「嫌です。私たちの能力は人を殺すためのものじゃありません」


 麗奈が核心を突く。

 しかし一瞬目を見開いた風真だったが、すぐに悪者のように口の端を吊り上げる。


「怪奇も元は人間だけどな。そういうのを偽善って言うんじゃねぇか?」

「…っ!」


 風真の言い様に、風真の凶暴な笑みとは対照的に、麗奈は悲痛に顔をゆがませる。

 余計なことを言う風真のことは、本部のメンバーにとってはいつものことだが、麗奈以外のメンバーはやはりため息は隠せないでいる。


 そんな中、文字通り表情の見えない人間が一人、この場には居る。


 その男は、くっくっくっ、とわざとらしく笑う。


『ふはは! 風真も麗奈もまだまだよのぉ!!』


 対象の二人がわかりやすくイラっとする。

 正哉と優華が少し噴き出すが、風真に鋭い目を向けられてごまかすように口笛を吹く。


「どういうことだ、ノリ」

『なぁに、回りくどいこと言ったつもりはない。あいつらは人間じゃない(、、、、、、)


 ノリさんは声のトーンを落として、姿の見えないまま『そして』と言葉を続ける。


『それに今回の任務は姿形すら人間じゃない。…樹木型』

「「「!!」」」


 そのワードを聞いて、本部メンバーのほぼ全員が戦慄した。

 それは三年前、麗奈・優華・正美・正哉の四人が本部に入ってからすぐのころ。


 その場には、見張りがてらに四人に加えてノリさんが居たのみだった。


 ノリさんが土の能力を使用し、怪奇を隔離しての実践演習。そこへ樹木型の怪奇が乱入した。

 樹木型とノリさんとの相性はいいとは言えず、優輝と風真が飛んでくるまで、四人に怪我を負わせた。


 ようするに、麗奈・優華・正美・正哉の四人からすれば恐怖の対象。ノリさんからすると四人を守れなかったことへの責任。優輝と風真は救出が遅れたことへの憤慨。その時の様子を知らない夏希からすると、未知だ。


 そんな因縁の相手の名前を聞いて、何も思わないはずがないのだ。


「なんでンなこと先に言わねぇんだ! バカか!? 場所はどこだ! ふざけんな! 周りの状況は!? テメェノリ!」

「お前が取り合ってくれないんだろ風真! ってか一言ずつ間々(あいだあいだ)で罵倒を挟むな! ってかこの流れだとノリって悪口か!?」


 狙ってか狙ってないか、いや狙ってるはずがない。風真とノリさんが狙わずして会議室の空気を弛緩させた。


 ノリさんも土壁から出て、風真も席に着いて顎をしゃくってノリさんを急かせる。


「さて本題だが、任務は樹木型だけじゃない」

「は?」

「いっぱいいっぱいなんだって~」

「…とどの詰まり、全部聞いてみるしかない」


 ノリの続く言葉で風真が間抜けな声を発する。正哉正美も嘆息し、任務内容の公表を待つ。


 依頼対象は樹木型一体に加えて怪奇不特定多数。場所は両者別。各種討伐を行うの日時は次の日の朝。

 まず樹木型に関して。

 樹木型は遠距離攻撃を行う故に(ひら)けた場所での戦闘は危険。現在海岸沿いを徘徊している樹木型はいったん明日に持ち越し。樹木型はここ数か月は人に危害を加えることなく、一定の個所をいったりきたりを繰り返してたが、つい先日、樹木型の観測を行っていた能力者数人が襲われたという報告があり、討伐のめどを立てたという。被害者が出た後は『ある目標』に向かって進んでいる。そしてこのまま進むと廃れた街へと侵入するため、廃れた街で討伐任務を行う。


 次に怪奇不特定多数。

 樹木型の観測者への攻撃を期に現れた怪奇の群団。怪奇はほとんどの個体が考える脳を失っているが、まれに思考能力を持った怪奇も存在する。今回の任務にはそういった怪奇の存在があることは間違いない、とノリさんから発せられた。

 そう、何者かによって統率された怪奇の群団を相手にするのだ。相手は『ある目標』に向かって進群している。この話は次の日の朝という討伐開始時間と繋がる。


 『ある目標』…怪奇討伐対策本部に次の日の朝迎え撃つ(、、、、)


「そういうわけで、これから俺は迎撃準備に入るわけだが。なんか聞きたいことはあるか?」


 概要を話し終え、ノリさんが本部のメンバーへと話を振る。


「私と優輝は迎撃準備いりますか?」

 と麗奈。

 造形系統の氷の能力を持つ麗奈と優輝を提案。しかしこの意見にノリさんは首を横に振る。

 それもそのはず。否定の材料も氷の能力であることが起因する。


「ほら、溶けるだろ?」


 氷の造形を保つには、能力を行使し続ける必要がある。夜中から朝まで行使し続けるのは多大な労力が必要になる。


「メンバーはー?」

 と優華。

「怪奇の迎撃は俺。補助に優華、麗奈、正美、正哉の四人についてもらう。樹木型の討伐には風真が専行。優輝と夏希も樹木型討伐に向かってもらう」


「私と優輝は何で移動?」

 と夏希。

「優輝がサイドカー付きのバイクを持ってる。それで同行だ。風真は走って向かう」


「…なんで、その振り分けなの」

 と正美。

「正直に話すが、文句垂れるなよ? 四人には樹木型と鉢合わせたくないからだ。麗奈も向こうに行けただろうが、同期がいた方がいいだろう。それに麗奈には四人を取りまとめてもらうしな。夏希は樹木型が初見になるだろうが、街での戦闘ならいくらか観察する時間もあるだろう。それでなんとかなると思ってる」


「麗奈とノリさん。どっちに従えばいいんだって~」

 と正哉。

「詳しい話は明日だが、大まかな指示が俺。細かい指示は麗奈って感じだ。ちなみに夏希は優輝の指示な」


 詳しい話は明日。ということを聞いて本部の面々は、ならまぁと視線を散らばせる。


「んじゃあ解散。あーめんどくさぁ…」

「弱音はやすぎだってー」


 ノリさんのオフの呟きに、正哉がここぞとばかりに囃し立て、この場は笑顔で解散となった。


ーーーーーーーーーー


「優輝」

「あん?」


 本部を出てしばらくが経った二人の帰路。

 一緒に帰ろうなどという約束、会話はなく、家が近くの二人は必然帰路を共にすることになる。

 本部と家を繋いでちょうど中腹辺りで、夏輝は神妙な面持ちで優輝に声をかけた。

 夏希の二、三歩前を歩いた優輝は歩みを止めて夏希へと半身で振り返る。


「樹木型のことなんだけど」

「聞きたいってか? なら俺よりも観測者の人たちの方が適役だし、俺の意見としては、聞かずして先入観なしで樹木型を見てもらった方がいいと思ってたんだが」

「いや、心読むのやめてよ怖いから。そうだけどそうじゃなくて…。それもあるけどそれだけじゃない」

「はいはい悪かったよ。んで、どーゆーことですか?」

「ノリさんだけじゃ、四人を守り切れなかったのはどうして」

「…。円卓(あの場)で言わなかったのは正解だったな」


 夏希の疑問に優輝は一瞬息を飲んだ。

 夏希は事件現場のことを全くと言っていいほど知らない。樹木型が何なのかを知らない。ノリさんに何があったのか知らない。風真が樹木型に対して何を思っているかを知らない。優輝が今、どんな感情を抱いているかを、知らない。

 夏希は知りたいのだ。知るために、今を選んだ。

 優輝の選択はため息だ。どこか諦めたような、ほっとしたような、そんなため息を吐いた。


「俺はその場にいられなかった」

「…っ」


 優輝は真剣な面持ちで、他人を安心させるような声音でそう言い放った。夏希にはそれがひどく痛ましく見えて、つい視線を落としてしまう。


「だから詳しくは知らない。でもノリさんに聞けって言っても、夏輝は俺の言葉で聞きてぇって言うんだろ」

「だっ、から、人のこころを、」

「俺の言葉で答えてやるよ。あの場は何もかも、運に見放された環境だったんだ」

「え、運?」


 思わぬ回答に、夏輝は素っ頓狂に返答する。

 しかし話を聞いていく内に、笑い話からどんどんと遠ざかる。


「まず新人を四人連れた状態だったな。次に怪奇が現れ始めてから土壌も変化してきている。ノリさんの制御できる土壌には限りがあるってのも要因の一つだ。次に、俺と風真が出払ってたな。もともと、三人別々でほぼ休みなくいろんなところに出払ってたんだ。不思議なことはない、があの時はそれが不運になった。まだある。樹木型があの時初めて発見されたんだなこれが。んで加えて新人四人にも問題があったな。コミュニケーション不足ってのもあったろうが・・・。優華と正哉は能力を過信して突っ込む様。麗奈と正美は腰抜かして動けなかった。…まだあるだろうが、パって浮かぶのがこんなもんだな」

「…あ、う」


 優輝が滑らかに単調に事の顛末を語るのを、夏輝は口元に手を当てて嗚咽を漏らすのみだった。


「それで、ノリさんの土の塔が作られた瞬間に崩れたのを見て背筋が凍ったよ。すぐに向かってみた瞬間見つかった言葉が地獄だ。倒れる優華と正哉。血を流して息の荒いノリさん。樹木型から目の離せない麗奈と正美。とりあえず麗奈たちを一か所に集めて、風真が来て撃退した。風真は今も昔もあーで追おうとしたけどノリさんが強く言ってその場は収まった。これがあの時あったことだ」


 優輝は落としていた視線を夏希に配ると、すぐに帰路へと着いた。

 夏希は、何もない地面の一点を見つめ続け、優輝の一言一言を優輝の言葉が空気から消えた後で、ゆっくりゆっくりと飲み込んだ。


ーーーーーーーーーー


 翌日風真以外の能力者が本部に集まった。

 かといって風真を見ていない人物がいないわけではなく、ずっと本部にいるノリさんと朝早い麗奈は風真に会っている。


「風真なら来てすぐに、ノリさんに「いってくる」って言って樹木型のところに向かったはずよ」


 集まった優輝たちに、そう説明した麗奈。

 すでに任務は開始されているという事実に、一同に緊張が走るが、ノリさんが夜中の疲れを見せずにのんびりとした口調で話す。


「ま、風真はいつも通りだな。お前らコンディションは大丈夫だな。十分にポテンシャルを発揮できるお前らに期待してるからな」

「慣れない横文字使うなよ。緊張が伝染するぞ。麗奈たちは怪奇を相手にするんだ。何の問題もない。俺たちのことは気にするな。勝ってくるだけだ」


 ノリさんは内心ではテンパっているのか、深夜テンションが朝まで持続しているのか定かではないが、優輝に見透かされてノリさんの役割を奪取する。

 樹木型を担当するのは、優輝と風真と夏希。言うなれば全国内最強の能力者と全国内最速の能力者と天才の三人だ。改めてメンバーを聞くとなんの心配もいらない。

 優輝の言葉を聞いて、麗奈たち四人は顔を見合わせ顔を綻ばせると、それぞれ穏やかな表情で優輝と夏希を送り出す。二人はそれに手を挙げて応え、優輝のバイクが置いてある車庫へと向かう。

 優輝は振り返ることなく車庫へと向かうが、夏希は足を止め、半身だけ振り返り、


「がんばってきます」


 笑顔でそう言った。


ーーーーーーーーーー


「昨日のことなんだけど」


 先ほどと打って変わってツンとした表情でサイドカーに乗ってる夏希は、運転手である優輝にそう話しかける。


「ただの言い訳、だと思う」


 思わぬ失言の多い夏希だが、今回はそうではなく。厳しい意見で優輝に指摘をする。

 優輝は何も言わずに夏希の続く言葉を待つ。


「樹木型の急な介入は確かに仕方ない…。うん。あとノリさんの土壌のことも、まぁ詳しいことはわかんないけど仕方ないってことにしておく」


 ノリさんが頑張れば腐敗した土壌も操れるようになるのでは?と。ノリさんの怠慢が招いた問題なのではと夏希は内心だけに留める。実際人間の使える能力がどの程度範囲なのかわかっていない。詳しいことがわからないまま、その話題に踏み込むのは墓穴を掘るだけだ。

 本題は、麗奈、優華、正美、正哉の四人に関してのことだろう。


「コミュニケーション不足は、仕方のないことじゃなくてただの言い訳だと思う」

「…まぁ、」

「麗奈たちが、いつ本部所属になって、どのくらいのスパンであの事件が起きたのかは知らない。けど仲間になった時点で仲間のこと知るのは先輩の責務でしょ。風真は人間性からしてコミュニケーション取らないだろうけど、ノリさんに至ってはリーダーなんだし当たり前。優輝だって…」

「俺が四人のこと知ってても、俺は結局あの場にはいられなかった」

「それよ。あの場には全員いるべきだった。怪奇は神出鬼没だと、入ったときは口酸っぱく言われたのに四人を守れる人が、ノリさんしかいなかったのはまずいでしょ」

「怪奇は神出鬼没。だから一般市民を守るのも重要だろ。麗奈たちはもう非戦闘員じゃないんだ」

「一般市民の命より、能力者の命の方が重要でしょ」

「酷い言い(よう)だな。命に優先順位をつけろってか」

「…っ! でも間違ってないでしょ」

「正しくもないけどな。…命の優先順位、か」


 そこまで話して、夏輝は失言に頭を抱え、優輝は思考に(ふけ)る。

 結論は出ない。結論を出していいはずがない。しかし考えないことも許されない。だがしかし思考にも優先順位は存在する。


「また後でだ」

「え?」

「見えてきたぞ」


 大樹の頭が崩れかけのビルから見える。推定十五~二十メートル。しかし見るべきは高さではなく太さ。質量に目を向けるべきなのである。

 五階建てビル一つがすっぽりと収まりそうなその巨体は、コンクリートを削る音を辺りに響かせながら、これまた太い枝を振り下ろす。

 動きは鈍重だが、質量が質量故に廃れた街を噴煙で覆う。

 そんな中、噴煙にぽっかりとした台風の目のような存在が一つ。


 それは台風というのを比喩と感じさせないほど、獰猛で荒々しい風で…


「死に、腐れぇぇぇぇえええああああ!!!!!!!」


 風真は台風というのを比喩と感じさせないほど、獰猛で荒々しい風に加え、荒々しい口調で樹木型を切り刻んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ