日常《にちじょう》から戦場《にちじょう》へ
不定期です。
ある大陸の辺境。
巨大な隕石と共に銀髪の少女が降り立った。
「さて、手に入れるぞ」
その言葉を皮切りに、少女は生命の蹂躙を開始した。
これは少女が伊藤則晶らの住む星に足を踏み入れてから、十年後の物語
ーーーーーーーーーー
怪奇が現れてからしばらく経ったが、本国の教育機関は死んでいない。
本国では各都市で支部を設立し、多数の能力者が怪奇たちを退けている。
そのため学校という教育機関は、未だに死なず残っている。
そしてその生き残っている学校の一つに、一人の少年がいた。
「マジであれは辛かったなー。ボールへの慣れが違うよ」
体育の授業終わりに友達と笑い合うその人は、工藤優輝。高校生ながら大人びた雰囲気を醸し出している。
それでも同級生と友好関係を築いているのは、テンションの高さ故か。
汗で濡れた黒髪を手の平で拭ったとき、優輝の目に馴染みの顔が見えた。
「あー、悪い、先クラス戻っててくれ、すぐ戻るからさ」
クラスメイトを教室へと促し、先ほどとは打って変わって冷たい態度で女子生徒へと接する。
「なんだ?夏希」
こちらが工藤優輝の素だ。
夏希と呼ばれた女子生徒は海原夏希。学校規定に乗っ取った制服に身を包み、長い黒髪を振って薄い胸の前で腕を組みながら、彼女は優輝に向かってため息をついた。
「顔合わせ早々溜め息かよ… スマホにタオル持ってどうしっ、あ?」
優輝の疑問の理由は夏希の行動によるもので、夏希は前触れなく優輝にタオルを投げつけたのだ。
優輝はそれを片手で受け取るが、その後の行動をどう取ればいいのかわからない。
答えはすぐに返ってきた。
「汗拭いて。体育終わりで汗かくのはしょうがないけど早く汗拭いて。私のスマホ汚れるでしょう?」
「お前一言多いよな。いや、タオル持ってっけどって、なんで俺がお前のスマホ汚すんだ?」
「電話待ち」
対する夏希も不愛想に優輝へ要件を伝える。
優輝の一言多いという指摘が効いたのか、極端に言葉が少なる夏希だが、優輝はそれを読み取る。
「ノリさんからか」
「そう」
「だよな。大体予想はつくけど…はい、工藤です」
受話器越しから「おー」と間の抜けた男性の声が聞こえる。優輝からは何も言わずに続く言葉を待つ。
『今日17時から集まりなー。よろしくぅ』
ブツッ…ツーツーツー。
優輝からは何も言わずに言葉を待つ。
「いつも通りね」
「……まぁ、一言多いやつよりマシか」
「この場合優輝のほうが一言多いんですけど」
「皮肉だよ。わかれ。タオルは洗って返す」
「気づいてたってのバーカ。はぁ、それじゃ、また17時に」
優輝は夏希へスマホを返し、タオルをヒラヒラと振りながら教室へと戻る。
優輝は(ノリさんはまためんどくさがって、夏希に伝言役やらせたな)とぼんやり思考を巡らせた。
夏希は(一言多いか……またやっちゃったなぁ)と真剣に思考を巡らせた。
ーーーーーーーーーー
所変わって地下研究室のような場所の円卓。
優輝は17時直前に円卓へ赴いた。
その円卓には、すでに4人の男女がそれぞれの席に着いていた。
「あ 優輝、こんにちわ。夏希とは一緒じゃないのね。同じ学校なんだから一緒に来ればいいのに」
「1回家帰ってから来てるからな」
「あっ 優輝だ!おつかれさま!」
「おう。正哉に正美もお疲れ様」
「ん、おつかれーい!!」
「……うるさい」
はじめに挨拶をしたのは、長く黒い髪を下ろした女の子、水無月麗奈。麗奈は同学年の女子と比べると身長が高く、優輝とは2cmほどしか差はない。声質は夏希と似ているが、声音は夏希とは似ても似つかず、優しい生徒会長という印象を受ける。
二人目は優輝へ元気に挨拶をした赤崎優華。第一印象から快活な女の子であることがわかる。麗奈の隣に着いており、学校も同じで幼馴染ということもあり麗奈とは親友の関係だ。しかし麗奈の身長が高いというのもあり、はたから見ると姉妹に見えてしまうのは必然である。
ノリさんが以前そのように指摘したが、優華は嫌がるどころか「麗奈とはどんな形であれパートナーってことでしょ!」と声高らかに喜んでいたという。
優輝から声をかけた二人は姉弟。春宮正哉と春宮正美だ。顔は瓜二つだが、如何せん性格が正反対の春宮姉弟。優華と同様に超テンションが正哉。メガネをかけ本を閉じるのが正美。正美はのんびりとしていて、会話中後手に回ることが多いが、その正哉の性格上正哉をなだめる役割になることが多々あり、そういう場面を見ると姉弟なんだなと感じる。
その後も軽口を叩きあっていると、円卓部屋のドアが開き優輝の1,2分遅れで夏希が顔を見せた。
「お疲れ様。集合をかけたノリさんが遅刻?」
夏希が腕時計をみると、その場に居合わせる人間全員が、己のスマートフォンや掛け時計を見て時刻を把握する。
現在時刻はぴったり17時。ノリさんが提示した時刻である。しかし当人はこの場に居合わせていない。
6人揃いも揃って集合場所を間違えたのかと問われれば、答えは当然のノーだ。
理由は麗奈が嘆息と共に教えてくれた。
「いつものことでしょう? 私たちはいつもの席で気ままに待つだけ」
「まーノリさんらしいっちゃノリさんらしいんだってー」
「容認するのは、間違いだけどね」
正哉が机に突っ伏しながらぼやくと、正美が少しムッとしながら的を射た回答をする。
そんな会話を聞いて、夏輝はため息をつきながら自分の席に行く。
そこで少々の間が生まれ、この空間の空気を嫌った優華が、今日の会議内容はなんだろなと問おうとしたところで、扉の奥で足音が聞こえた。足音だけでわかるこのけだるげな雰囲気は、他でもない当人だ。
「よおーっす、わりぃー遅れちったー。まあ1分だけだし許してね」
ノリさんこと伊藤則晶が、書類を手に雰囲気そのままの口調で部屋のドアが開かれた。
遅刻常習犯にしては、早めの登場だがそれはノリさんを高く評価するりゆうにはならない。
反省の色が見えないノリさんを前に、夏希がわざとらしくため息をつく。
「「許してね」じゃないよ… 時間ルーズなの直しなよノリさん。だから女性にモテないのよ」
「おお、女子に言われると、説得力合って傷付くな。かといって俺はまだ25だ。ぜーんぜん間に合う間に合うー」
「ただでさえ遅れだ。そういうのいいから早くしよう」
「おうそうだよ。よしお前らー席つけぃ」
「うぃーっす。座ってけどなー」
依然間延びしたノリさんに優輝が急かす。
ノリさんは猫背を一瞬だけ直して、教師の真似をしながら自分の席へと向かう。
正哉が机に突っ伏したまま反応すると、優華と麗奈が苦笑した。
ノリさんが定位置に着き、円卓には計7名が集まった。
空席が一つあるが、メンバーはその空席に目を向けるだけで、特に指摘はなかった。
そしてノリさんが書類を円卓に置き、ゆっくりと口を開いた。
「集まってもらったのは他でもなく、俺たち『怪奇討伐対策本部』への依頼だ」
ーーーーーーーーーー
怪奇討伐対策本部。この言葉を説明するには数年前に遡ることになる。
数年前のある日、地球最大の大陸の中心に隕石が落ちた。
その隕石の落下による被害も甚大なものであったが、二次災害はさらに甚大な被害を地球にもたらし、なにより悲惨なものとなった。
原因は、隕石に付着していたと思われる自意識を持つ細胞、SC(selfーconsciousness)細胞の存在である。
これは生物の体内に入っては増殖し、母体の身体能力を引き上げる作用がある。これは決して良い意味ではなく、即効性はないが、最悪の場合死に至るれっきとしたウイルスだ。また名前の通り、ある程度の浸食が進むと、母体の意識を乗っ取る作用も存在する。
では、死に至るまでSC細胞に乗っ取られた生物はどうなるのかと言われれば、仲間を増やすためかSC細胞が浸食していない生物ばかり狙うのだ。
日本の研究員はそれを『怪奇』と名付け、怪奇に対抗するべく研究を始めた。
怪奇は年単位で母数を増やしていき、活動が激化する頃、研究員はASC(アンチSC細胞)の完成を発表した。
ASCはSC細胞の身体能力向上作用と意識塗り替え作用の抑制をする効果があり、特に意識塗り替え作用に関しては絶大な効果が得られた。
そしてASCは、怪奇の発生という大事のために人体実験へと用いられた。
最終実験で身寄りのなかった伊藤則晶ら数十名を実験台とし、唯一の生存者伊藤則晶の容態を観測したところ、土を操る能力を得ていることが分かった。
「この能力で怪奇を滅ぼすんだ」
この発見を元に、成功率を上げたところで全人類に「英雄募集」ということで能力者になりたい者を募った。
国からの報酬の良さも相まって、正義感に溢れた者、自暴自棄になった者をはじめとして多数の英雄、もとい能力者が集まることとなる。
こうして人類は怪奇に対抗する術を手に入れ、その中でも長大な能力、もしくは希少な能力を持つ者達集めて結成されたのが『怪奇討伐対策本部』なのだ。
ーーーーーーーーーー
今日も今日とて、怪奇討伐対策本部に依頼が舞い込んでくる。
具体的な報酬はなく、本部所属の能力者は依頼の達成のみを縛りとし、自由が保障されている。
その自由を獲得するために、少年少女は怪奇と対峙する。
そして現在、ノリさんを中心に対照的な風景が辺りを彩っていた。
片や火の海、片や銀の世界。
理由は単純、本部の能力者がそうさせたのだ。
「たいしたことなかったねー」
「さっすが夏希。二年目とは思えないんだって!」
「このスタイルどうにかしたいけどね。立ち回りとか諸々考えて動いてるのは優華と正哉の方だから」
火の海を体現したのは主にこの三名。優華、正哉、夏希だ。
優華は火そのものを操る能力を有している。そして本部に所属する能力者であるが故に文字通り火力もすさまじい。ノリさんに「距離置けよ」と毎日釘を刺されているのは想像するにたやすい。
正哉と夏希は雷を操る。
夏希は、本部所属一年足らずでリーダーであるノリさんや、全国内トップを誇る優輝に引けを取らない天才肌の持ち主だ。同じ能力を扱う正哉には気の毒だが、実力という点では夏希が何枚も上手だ。しかし正哉もただ夏希から引いているだけだはなく、正哉は正哉で着火脂の入った瓶等に能力をぶつけて、小を大へと変換するなど工夫を施す。
結果できたのが、大地を火の海を変えた要因だ。
もう一方の銀の世界は、
「向こうは元気だな」
「じゃなかったら困るけどね。こっちもこっちで、」
「……この方が、私たちらしい、から」
優輝、麗奈、正美の3人だ。
火の海サイドとは打って変わって、銀の世界らしいクールな3人だ。
3人の能力は、優輝と麗奈が氷で、正美が水を操る能力者だ。
初めに優輝の能力によって怪奇の動きを鈍らせ、これまた優輝が前線で怪奇のクビを切り落としていく。取り逃しや、手が足りないものを麗奈が処理していく。正美はというと仕事量は少ないが、二人の補助に回っていた。
以上、怪奇討伐対策本部の面々は怪奇に囲まれた程度では敵ではない戦闘力を有している。
そして最後に、リーダーであるノリさんは。
「よし、片付いたな。……帰るか」
そう呟いた。
優華がすかさず、仕事をしないノリさんに向かって茶々を入れようとするが、優華の視線の先。つまりはノリさんの背後の地面から四足獣の怪奇が顔を出す。
優華は眼を見開き、優輝はその怪奇を打倒しようと動くが、四足獣の怪奇に異変が起きた。
上半身まで出ていた四足獣の動きが止まり、それを境に動くはずのない地面がズズズと蟻地獄のように怪奇を襲った。
原因はこのあくびをして、早くも帰路についている土の能力を持った男だ。
ノリさんは、ただ歴が長いだけという理由で本部のリーダーを務めているのではない。
経験や実力をもってして、リーダーという席に身を置いている。
ただ冷静に抑揚なく。
ノリさんは、あくびで溜まった涙をふくこともなく、麻ズボンのポケットに両手を突っ込んで、まっすぐに帰路を進んだ。
これが、怪奇討伐対策本部のニチジョウである。