キャベツ転生
「 あ〜重い、マジで重い」
俺はパンパンで今にも破れそうなレジ袋を両手にぶら下げスーパーを出る。
何が悲しくてこんなにキャベツやら人参やらを袋一杯になるまで詰め込んでぶら下げにゃならんのだ、馬鹿らしくて涙が出てくる。
俺は今、友人とお互いに指定しあった野菜でどれだけの日数を耐えられるか、という賭けをやっている。
正直後悔した、油で炒めてもパサパサで味が分からない、新鮮さを活かそうとドレッシングなど少しの調味料だけで食おうとしても半日で飽きる。
野菜単品で食べると碌なもんじゃない、という事を死ぬほど実感している。
「クソ! せめてジャガイモとかならマシだったのに!」
野菜ばかりの食生活で大分荒れてきた、そもそも人参は相手方が指定した物だがキャベツを指定したのは自分だし、その時に別の物を指定すれば良かっただけなのだが。
「とにかく家に帰って調理法を考えよう……」
俺はスーパーを出てすぐの横断歩道を渡ろうとする、がしかし。
頭のおかしい不摂生な食事が祟ったのか赤で横断歩道を渡ってしまい、更にはキャベツの入ったレジ袋が破れ唖然と立ち尽くす、気付いた時には。
「あっ」
全てが手遅れだった。
――――――――
――――
ここは一体? 確か俺は……。
「ようこそ、人知未踏不可侵の領域へ、ここはまあ、天国のようなものだと思ってくれればいい」
背後から声が聞こえそれは少しづつ近づいてくる。
誰だこいつ? 天国? 話が見えない。
「ああ、これから話すことは別に全て聞き流しても構わない、なにせ君には決定権はないからね、せいぜいオブザーバーとして意見を主張してくれたまえ」
……。
カツン、カツンと音が鳴り響く、徐々に近づいてきているのだろう。
「まず、私は神だ、君達のいうところでのね、それに相応しい力を持つ存在だ、そして何故君がここにいるのか、だが、私が君を呼びだした」
声はどんどんと近づいて来る。
……なんだこいつ?
「君を呼び出した理由だが、我々神にも日々考えるべき種々の事がある、世界の管理、生物の進化推移の確認、他世界との交流などなど、挙げればキリがないがそういう細々としたものが私には存在する、そして私は今業務が山積みで、ストレスがピークに達しているのだよ……そこで! 私は君に八つ当たりをする事でストレスを発散しようと思ったわけだ」
声は遂に横から聞こえ始める、が不思議と首が動かない。
「というわけで君には今一番見たくないものに転生して異世界に行ってもらう、そこで四苦八苦している様を見て私は楽しむ、君はもう一度生を受けられる、WIN-WINだろう?」
話が長い、狂人の話には付き合えん。
とうとう正面に現れた男の肌は恐ろしく白い、男に対して白という印象しか持てないほどに、目元はシルクハットのようなもので隠れており分からない、全体を通して紳士風の装いだが、もちろん紳士などとは縁遠いだろう。
「ふむ、ならばこれはどうかな?」
自称神だという男は虚空に向かって指を指す、すると窓のようなものが現れる。
「これは君の遺体かな?」
奴がそのまま窓の中の赤い何かを指し示す、よく見ると黄緑色の何かも混じっている。
こ、れは、俺? 人参であろうものとキャベツであろうものが混じってぐちゃぐちゃになっているが分かる、いや、だからこそ分かる、この場所、この荷物、俺がさっき体験した事そのまんまだ。
「どうかな、これでもさっきまでの話を信じられないかな?」
何か言っているが気持ち悪過ぎてそれどころじゃない、吐きそうだ。
「因みに、今君に身体は無いから、吐かないし吐けないよ、落ち着いて?」
余りの怒りに声にならない声をあげる、いや、そもそも声帯が無いのかもしれない。
「うぅむ、送り出す前に潰れてもらうと困るのだがね、内心では早く君という気泡緩衝材をプチプチと潰したくて堪らないのだよ?」
こんな奴が、神? こんな奴がそんな仰々しい力を持っているっていうのか? こんな気紛れで全てを壊してしまいそうな……悪魔の方がしっくりくる。
「どうするかな? 元々君に決定権なぞないが君の意思を聞きたい、転生するかね?」
してやるよ、転生でもなんでも。
まだ生きていたいからな。
「よし! それじゃあ今から転生させるよ、転生先は――」
もうなんでもいい、ここを離れられるならそれでいい。
――――そうして俺は『異世界』へと生まれ落ちる。
……夢、じゃ無かったんだな。
広大な平原、近代的な建物の見えない風景、何より、自身の異常に低い目線、これが一番の証左だろう。
「俺、キャベツになってる?!」
当然声帯は無いので喋れない、だが驚きは葉の揺れとなって現れた様だ。
「と、とりあえずステータスを」
平静を取り戻す為にありえない現実から目を逸らそうと、これまたありえない幻想に頼る、こうでもしないと気が狂ってしまいそうだった、だが……。
――作物ステータス
名前 なし 品種 シンイキキャベツ
必要水分量500; 必要光量500;
寒冷地域適応性20; 温暖地域適応性5;
瑞々しさ10;
毒性1; 病害抵抗性10;
変異回数0 変異値100/0;
状態 成長期;
スキル
地の歩み
称号
異界の存在
――
絶句した、奴が俺の考え通りにステータス何ぞを用意していた事にも驚いたが、それ以上に奇怪なステータスの数々に声も出なかった。
これは神なりのサービスのつもりなのだろうか、いや、間違いなく嫌がらせだろう、ステータスを覗いた時の俺の反応は見ていてさぞ楽しかった筈だ。
「これからどうするかな……」
この状況、殆ど詰みと言っていいだろう、まず動けない、人が来ても声が出ない、そもそもこんな姿で人は頼れない。
そもそも何をすればいいのか分からない、この姿で出来る事なんて、ステータスを見る事と後は……そういえば、さっき葉が動かせたな、とにかく何か出来ないか試してみるか。
……どうやら俺の意思である程度葉を揺らす、などは出来る様だ、何に使えるかは分からないが……ん?
何か、身体に、乗っかっている様な?
――それは脚が六本存在している。
足先は鉤爪の様になっており、口は何かを挟む様な形をしている。
それの双眸は無機質であり、一見すると一つの目に見えるが複数の目が集まり一つになっている。
二対四枚ある翅はこすれ合う事で不快な波を発生させ、人によれば恐ろしく気分を害するだろう。
それの正体は……この巨大な化け物の正体は。
――蜂だ!
俺は何とかして振りほどこうと、ありもしない腕や足をジタバタさせようとする、が少し葉が揺れ動く程度でどうにもならない。
なら、もっと力を込めれば! と思い葉に力を入れる、すると葉が一枚一枚外に剥けていく、そんな事には気付かず無我夢中で力を込め続ける。
最後にはつぼみの様な物が露わになり、その頃には蜂は急な葉の動きで何処かに去っていた。
――称号 神の玩具 を取得しました
――スキル 成長促進 を取得しました
「ハァ、ハァ、称号? スキル?」
何だそりゃ。
確かにステータス欄にはあった、あったが奴の事だ、機能しないんだろう、としか思えない。
「神の玩具、か」
何処までも馬鹿にしやがって。
……スキルを使ってみよう、問題なく使えるのかは、奴の仕事次第だが。
「スキル 成長促進!」
――スキル
成長促進 任意発動型
対象に魔力を込める事で成長を早める。
スキルレベル――limlt
下位スキル 地の歩み
――
「魔力ぅ?」
俺のステータスにはなぁ、んなもんねぇんだよ!
……いやいや待て待て、まだ諦めるのは早い、他にもスキルはあったはずだ、俺の予想通りなら、魔力っていうのは。
――スキル
地の歩み 常在発動型
身体に魔力を込める事でしか身体を操作できない。
スキルレベル――limit
派生スキル 成長促進
――
やっぱりだ、魔力ってのはもう使ってる、さっき来た蜂を追い払えたのも俺に魔力があったからだろう。
問題はステータスに表記がない事だが……使えるのならば気にしない方向でいくか。
「といっても、どうすればスキルが使えるのか分からないんじゃな」
とりあえず葉を動かしていた時と同様に力を込めてみる、すると葉が揺れ動くと同時につぼみが膨らみ、あっという間に花が咲く。
――スキル 虫媒 を取得しました
どうやらスキルの制御は出来ないらしく、二つのスキルが同時に発動してしまう。
スキルの制御方は後で考えよう、今はこれでいい、それよりも新しいスキルの詳細が気になるな。
――スキル
虫媒 常在発動型
虫に自身の花粉を媒介させられる、また虫に付いた花粉を受粉出来る。
スキルレベル 1LV
派生スキル ???
――
「えっ」
虫媒って、あの、モンシロチョウとかが良くやるっていうアレェ?
どうしようか、やるの? いやでも虫だよ? 人生で、いやキャベツ生で初の交配が、虫ぃ?
俺が何とも言えない複雑な心境になっている間にも時間は無慈悲に進み、羽音のようなものが何処からか聞こえてきた。
仕方ない、生き残る為にはやるしかない。
腹をくくって迫り来る羽音を迎える。
しばらくしてかなりの数の蜂が俺の花に群がってくる、視界いっぱいに広がる蜂の足、翅、複眼、もし俺に身体があれば、気持ちの悪さで失神していたかもしれない。
非常に残念なことにキャベツには眼を閉じるという機能も、気絶するという機能も備わっていないのだが。
ある程度すると花の蜜を吸って落ち着いたのか、蜂は数匹を残して巣であろう所に戻っていった。
「うぇ、おぇぇ……」
今更ながらに奴の吐かないし吐けない、などと言う適当な言葉がどれほどキツイ事かを体感する、これならまだ思い切り吐けたほうがマシだ。
――スキル 虫媒 がレベル二に上昇しました。
――スキル 神経毒 を取得しました。
――品種 シンイキキャベツ は受粉しました。
これより自動で成長促進を行います。
「は?」
何が起きたのか、などと整理する前に変化は起こった、葉が瞬く間に成長し、あっという間に枯れ果ててしまった、けれども。
「死ん、でない?」
どういうことだろう、それに異常はそれだけではない、先程よりも一段と目線が低い。
「ステータス!」
――作物ステータス
名前 なし 品種 イクウキャベツ
必要水分量450; 必要光量510;
寒冷地域適応性18; 温暖地域適応性7;
瑞々しさ9;
毒性5; 病害抵抗性20;
変異回数0 変異値100/10;
状態 種子;
スキル
地の歩み 成長促進 虫媒lv2 神経毒lv1
称号
異界の存在 神の玩具
――
種子って……今俺、種なの?
よく見ると枯れ果てた葉の下に五つ程の粒が落ちている。
「どれが俺の、いや全部俺なのか?」
種子の状態でも動かせるのかを魔力を込めて確かめてみる、すると魔力を込めた一粒だけに風が吹いているかの様に転がって遠くの方に行ってしまう。
種が動いても視点は変わらない、いや、それとも今動いた種とは別の物に視点があるのか。
別の種も動かして自分の視点が何処にあるのか確かめてみるか。
……色々試した結果、まず自分の視点が存在する種を見つけた、そしてどうやら俺の視点は全ての種に移動できるらしい、今は種が五つあるから、その五点に移動出来る。
そういえばさっき魔力を込めた時、動かしたいとしか思ってなかったからか『成長促進』が発動しなかったな、任意発動型のスキルは制御出来るのか、別の何かがあるのか。
まあ、いい、制御出来るならそれでいいだろう。
この調子で種を増やしていければ人の住む場所にも俺の種を蒔かせられる、かも知れない。そうなればかなりの情報が手に入る筈だ、可能性としてだが元の世界に帰ることも夢では無い。
恐ろしく遅い歩みだが一歩一歩進んでいる実感を得て、気を良くする。
こうして俺の、来る日も来る日も種を成長させてはばら撒き、活動範囲を広げる生活が始まる。
――――――
「ふぅ……ステータス」
――作物ステータス
名前 なし 品種 クラヤミキャベツ
必要水分量300; 必要光量220;
寒冷地域適応性29; 温暖地域適応性13;
瑞々しさ6;
毒性15; 病害抵抗性30;
変異回数0 変異値100/90;
状態 成長期;
スキル
地の歩み 成長促進 虫媒lv4 神経毒lv2 薬効lv1
称号
異界の存在 神の玩具 不屈
――
これは大丈夫だな、他の品種はどうだ。
――作物ステータス
名前 なし 品種 ネバリキャベツ
必要水分量360; 必要光量530;
寒冷地域適応性29; 温暖地域適応性5;
瑞々しさ7;
毒性4; 病害抵抗性50;
変異回数0 変異値100/90;
状態 成長期;
スキル
地の歩み 成長促進 虫媒lv4 神経毒lv2 薬効lv1
称号
異界の存在 神の玩具 不屈
――
――ふと思った、何故、奴はこんなシステムを作ったのだろうか。
最初はただ俺を弄ぶ為の小道具だろうという認識しか持っていなかったが、それにしては妙に細部まで拘っている、適当に苦しませ、楽しむだけならこんな細かいシステムは要らない筈だ。
まず、ステータスについてだが、スキルと称号以外は共有されず、各株が個別の能力値を持つ、どう考えても一株一株の能力値を分けるのは面倒だ、少なくとも全ての株を同じステータスにしておくほうが楽なのは間違いない 。
交配後に出来る種もだ、能力値を上げたいのなら能力値の高いもの同士を掛け合わせる必要があるが、そんな面倒なシステムをわざわざ俺個人に作る理由が薄い。
……まあ、そんな事考えても仕方のない事か、恐らく考えるだけ無駄というのだ、こういうのは。
そもそも腐っても神だ、どれだけ考えたところで、掌の上で踊らされている事だろうしな。
それに、奴に乗せられてるみたいで癪だが、育成ゲームをしているみたいで楽しく思えなくも無いのだ、これが。
一歩間違えると死にかねないから、楽しむ余裕はあまりないがな。
病害抵抗性の低い品種はすぐに枯れるから更に必死にならざるを得ない。
奴の事はもういいか、なにせ今日は遂に変異値が最大になる日だ、これでまた一歩進む、筈だ。
1日に全て虫媒を行うのは精神的に辛いものがある、多少は慣れたとはいえ寄ってくるのは蜂だけでは無い。
「……やるか」
流石にここまでして何もありませんでした、といわれれば少し心が折れる、新たにスキルの獲得でもしてくれればいいのだが。
俺は何時もの通りに花を咲かせ、虫が寄ってくる時を待つ。
しばらくすると大量の虫が花の蜜を求めてたかってくる、この光景はなかなか慣れない。
――品種 クラヤミキャベツ は受粉しました。
これより自動で成長促進を行います。
よし、これはいつも通りだ、問題はこの後。
――品種 クラヤミキャベツ の変異値が最大だった為品種のランクアップを行い変異します。
――固有スキル クラヤミ を取得しました。
おお、なんだか凄そうだ。
クラヤミキャベツから落ちた種のステータスを見ると品種がシッコクキャベツとなっている。
スキルは固有スキルの欄が追加されていてクラヤミというスキルはそこに分類されている様だ。
――固有スキル
クラヤミ 常在発動型
これを所持した作物は必要光量を50減少させる。
スキルレベル limitLV
――
これを所持した作物って、スキルは共有じゃあ……まさか!
別の株に視点を移動しステータスを表示すると、固有スキルの欄は無く、スキル『クラヤミ』も表示されていなかった。
つまり、固有スキルってのは、各株固有のスキルって事らしい、今回の場合だとクラヤミキャベツから派生したシッコクキャベツにしか効果を及ばない。
しかし当てが外れたな、固有スキルというぐらいなのだから、もう少し強力であってもいいと思うのだが。
「――ぇ」
これでは人と対話も出来ない、人の形を取る事も出来ない、せめて動く事ができるならまだ違うがそれも出来ない、どうしようもないじゃないか。
「ねぇってば、聞いてる?」
考え事をしていたせいで気付かなかったが近くに人が来ている様だ。
前にも人が通りかかる事はあったがやはりただの草に出来ることは無かった、人と話がしたい。
「おーい、返事が無いなぁ」
何だろう、先程からまるで俺に話しかけてきている様な……ない、そんな事はない、だって何処からどう見てもただの植物なんだから、俺に気づく人間なんている筈がない。
「やっぱりいくら人の魂を持ってるっていっても、ただの草なのかなぁ」
……え?
その言葉が聴こえて俺は自然とその人を視界に入れてしまう、ここに来てからは見るだけ苦痛だ、と人を視界に入れていなかった、だが見てしまう。
――否、声の主は人では無かった、彼女は緑色の肌に髪を持ち、身体中につるが巻きついている、
その姿は所謂『アルラウネ』と呼ばれるものに酷似していた。
「俺が、分かるのか……?」
本来は警戒すべきだったのだろう、だがここ数日間の孤独で誰でもいいから話がしたい、元の世界に帰りたい、と思っていた、精神的に弱っていたのだ。
「うん、分かるよ、だって魂が人のモノだし」
この孤独が埋められるなら、と縋ったのだろう、化け物だろうが、人であろうがなんでもよかったのだ。
「でさ、君に会いに来たのはお願いをしに来たんだ、ちょっと聞いてくれる?」
もし、キャベツに泣くという機能があればこの日俺は密かにだが泣いたのだろう、そのぐらい嬉しかった、孤独だった、だから――。
「聞くよ、いくらでも」
――ここから物語は始まった、この時、彼女と出会ったことが、これからの運命を大きく変える事は神すらも知らなかった。
追記;ジャンルを異世界(恋愛)からハイファンタジーに、間違えてた。