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花々咲乱(かかしょうらん)  作者: 相上いろは
第12話~花の紐解く季節~
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花の咲く日

 が、そんな時に、卦籤がルルノを凝視したまま箸を落っことした。ありがとうと言ったルルノの顔を見て、卦籤はすぐに昨日までと違うルルノに気付いたのである。


「ちょ、ちょっとルルノ! あんた、え、どうしたの!」


 落とした箸はそのままに、膳を蹴飛ばしそうな勢いで卦籤が立ち上がる。それを見た他の弟子も、何事かと驚いて卦籤とルルノを見る。


「どうしたんだよ、卦籤」


 何があったのか判らないセクタは、そう卦籤に問い掛ける。喧嘩なら止めなければと思いつつ、もしかしたら自分の感じた違和感を卦籤が解消してくれるのではないかとも思った。


「セクタ兄、気付かなかったの! ルルノ、今笑ったんだよ!」


 それを聞いて、最初そりゃ笑いもするだろうと言いかけてから、徐々に目を見開きながらそれが違和感の正体だと気付くと、セクタもつい驚きに叫んでしまった。それに続いて金釘流もえぇと叫ぶと、皐詠舞祷は何事かとルルノの顔を覗き込む。


「えっ。あの、なんでしょうか」


 慌てた顔のルルノ。けれど、その顔もよく見れば今までよりも、ずっと感情が表に出ている。

 と、突然婀瓏孅が声を上げて笑い出した。予想以上に全員が大袈裟に反応をしたので、笑いが堪えられなくなった。

 その笑いに、皐詠舞祷を始め、全員が婀瓏孅は何かを知っていると気付いた。そこで質問をしてみると、婀瓏孅は笑いを堪えながら、今朝図讖戯に聞いたことをそのまま伝える。その話についていけなかったのは、変わったことを自覚していないルルノ一人だけであった。


「なるほど、これが本来のルルノなのか。随分変わった……気もするけど、変わってない気もするな」


 なんだかんだと、ルルノを気に掛けていたセクタが言う。その言葉に続けて、卦籤と金釘流が心配そうにルルノに訊ねた。二人は早口に様々な訊き方をしたが、まとめると今日までの記憶や感情を失っていないか、ということだった。


「えっと、私としては、その、変わったという実感もないのですが」


 突然囲まれて、驚いた顔をするルルノ。それが答えだったのだが、そうと気付かない二人は同じ様な質問を繰り返す。それに対して、ルルノは改めて記憶は消えていないと、数々の質問に答え証明した。

 全員が面白がっていくつか質問をしてみたが、結論として、今までと大きな変化はなかった。特に変化をした箇所が表情であるだけで、それ以外に何かが大きく変わってしまったわけではないのだと判り、全員がひとまず安心をする。

 そんな様子を眺めていながら、婀瓏孅はしみじみと思う。たった、十三日。半月も経っていないというのに、あの少女はこんなにも馴染んでいる。不思議なものだが、悪くない。玉蟾があの子を拾ったことも、もしかするとあの子を選んだのではなく、あの子に引き寄せられたのかもしれない。そう考えると、愉快な気持ちになった。

 やがて食事が終わると、ルルノは部屋を出て床を雑巾で拭く掃除を始める。そしてそれが気になった様で、卦籤と金釘流が掃除を手伝いに来た。


「ねぇ、ルルノ。ルルノは今でも、ここに来て良かったって思ってる?」


 掃除をしながら、どこか不安そうに卦籤が訊ねる。ルルノがどの様に変わったのかをまだ把握し切れていない卦籤にとって、かつてルルノが瓏々邸に来て嬉しいと言ったその答えが、もしかしたら変わってしまったのではないかと心配だったのだ。

 そんな卦籤に、ルルノは特に考えることもなくさらりと答える。


「はい。私はここに来たこと、いえ、思えば玉蟾様に拾われた時から、私は幸福であったのだと思います。婀瓏孅様に預けられ、卦籤さんや金釘流さん、セクタさんや皐詠舞祷さん、ルマリウルさん、あと、運び屋の羚馳さんと、温かな人たちに会えました。誰も人間ではなかったですが、優しい人ばかりで。もう本当に、感謝してもし切れない気持ちです。そしてこんな素敵なところで、まだ私に生きろと云って頂けている。私は、とても幸せです」


 それを言うルルノが、本当に満面の笑顔だったので、卦籤は感激してしまった。


「ルルノだ!」


 そう言うと、卦籤はルルノに飛び掛かって抱き付き、ごろごろと床を転がった。


「あぁ、卦籤さん。目が回りますよ」


 固い床に体がぶつかって少し痛かったが、それ以上に卦籤に抱き締められていることが気持ち良くて、ルルノは卦籤から逃れようとは思わなかった。

 そしてすぐにそんな二人を見つけた金釘流が、文句を言いながらそれに加わる。


「そういうことする時は、しっかりあたしにも言って置かないと駄目でしょう! 卦籤ったらすぐ独り占めする!」


 本気で文句を言いながらルルノを卦籤と挟み込んで、床に転がる。


「あの、掃除しましょうよ」


 弱々しいルルノの主張。


「「嫌」」


 それを一蹴する二人。

 三人は廊下で仰向けに寝そべり、無為な会話を続ける。今日の朝食の味はどうだった、こんな夢を見た等々。挙げ句、如何に掃除は不要なものかということを、卦籤と金釘流は真剣に語り合っていた。

 そして話題は、旅の話へと移る。


「ねぇルルノ、今度あたしたちと旅しようよ。きっと楽しいよ」

「あ、金釘流それいい考え。ねぇルルノ。どう、一緒に行かない?」


 やがて二人が、ルルノを標的にして話題を振ってきた。旅がどういうものなのかも判らないルルノが答え倦ねていると、二人はルルノを含めた旅の計画を建て始める。


「わぁ、私はまだ行けるともなにも言ってませんよ!」


 勝手に自分を組み込んだ予定が進んでいくのを聞いて、少し慌てて口を挟む。沈黙が肯定と取られては困ると思ったのだ。


「行けるとなった時に決めても遅いでしょ。こういうのは、備えあれば憂いなしなのよ」


 声を弾ませながら、得意げに語る金釘流。そして卦籤も、どこに行きたいかをルルノに訊いてきた。


「ルルノは神社とか見たい? それとも温泉とかの方が好き?」


 その計画は、既に修行の旅ではなく観光旅行となっていた。そしてそれに気付くと、ルルノは途端に可笑しくなって、お腹を抱えて笑い出してしまった。そんなルルノに、二人は少し驚いてから顔を見合わせ、そしてルルノから笑いが感染したかの様に笑い出した。


 瓏々邸の朝に、三人の少女の笑い声が響き渡る。それは不快ではなく、どこか優しさを感じさせる声だった。

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