図讖戯と婀瓏孅
「いいわ。聞きましょう。これのこと、よね」
少し苦い顔をしながら、自分の腕を見せつけて確認をする。それに、静かに図讖戯は頷いた。その肯定を見て、あれが原因でどう変わってしまったのかと、婀瓏孅は言葉の続きを待った。
「ルルノさんはですね、自分の村が焼けてしまってから玉蟾さんに拾われるまで、大切な家族や知人を亡くし、一人で彷徨い続けていました。それはご存じでしたね」
婀瓏孅は小さく頷く。頷きながら、焼けていく村を見ているルルノの姿が、婀瓏孅の脳裏に鮮明に浮かび上がった。
「その辛さから逃れる為に、彼女は極力感情を抑え込み続けていました。」
そう言われている内に、婀瓏孅は数少ないルルノの感情の吐露を思い出す。
「そんなことを」
人の肉を見た時。そして昨日。ルルノは泣いた。感情の抑制が完璧ではなかったから、ひび割れから涙が溢れた。
「ただ、彼女は自分から何かをして、それは些細な感情表現も含めてですが、嫌われることや、殺されることを無意識に避けていた様です。生きたいわけでもないのに、死にたくもなかったのでしょう」
しみじみと、二人は頷き合う。
心が感覚的になっていた。理性と感性が食い違い、ちぐはぐになっていた。だから、思う様にさえ動けないでいた。
思い返してみれば、ルルノはあまり物事に関心を示していなかった。全てにではなかったが、自分のことでさえあまり自発的には行なっていない。
そうか、あれは動けなかったか。と、婀瓏孅は不意に納得した。
「でも、瓏々邸が少女の思温かかったものですから、少しずつ、彼女の警戒心が溶け始めていたのでしょうね」
「そうなのかしら。でも、思ってみれば、あの子、質問するようになったものね」
そんなことを次々と思い出しながら、婀瓏孅は自分の観察不足を実感してしまう。もっと色々見ておけば良かった。気になってはいたものの、少し様子を見るだけで満足していたのは、主として少々勿体ないことをしたという気持ちが襲う。
話を聞く内に、少女がここに来てからの行動を頭でなぞり、一つの予測に手が届いた。
「あの子が泣いた理由って、もしかして」
その言葉に、図讖戯は首を傾げる。
「さて、どちらの方でしょう」
問い掛けているが、笑顔。判っている癖にと思いつつ、はぁと息を吐いて、改めて言い直す。
「人の肉を食べようとした時にあの子が泣いた理由って、もしかして、怖かったとか悲しかったとかじゃなくて、それもあったのだとは思うけれど、自分が人間と決別する思ったからなのかしら」
何故思い付いたのかは、婀瓏孅でも判らない。ただ、ルルノの泣き方や泣き顔を思い出していく内に、そういうのもあったんじゃないかと思えたのだ。
「それはあるでしょうね」
対して、しれっとした顔で応える。あまりにさらっと受け入れられ、判っていたことではあるが、少し婀瓏孅は不満を表情に表した。
人の肉を喰うが妖怪なら、ルルノは人間ではなくなる。けれど、妖怪でもない。それならば自分はどうなるのか。それはもしかすると恐怖なのではないだろうか。と、婀瓏孅は思い付いた。
「もっと色々と考えてあげてください。あなたがルルノを気に掛け、そして育むことは、きっとそれだけであなたにとって大事なことなのでしょうから」
くすくすと笑う。その様子を、悔しげに婀瓏孅は睨んだ。が、すぐに破顔して、二人は微笑み合う。
「あなたは相変わらず意地が悪いのね。全く、ルルノの気持ちを私以上に知るなんて許せないわ。この子のことは、全て私に教えなさい」
軽く手招きをしてみせる。
対して、図讖戯は口元を袖で隠し、ふふふと小さく笑った。
「そうですか。では、そうですね、昨日ルルノさんが泣いた理由だけでもお教えしましょう」
あくまでも出し惜しむ。
「あら、私は全てと言ったのに」
「えぇ、あたしが知る全てを話しましょう。婀瓏孅さんが死ぬまでには」
そんなことをさらりと言われては、上手い返しも浮かばず、溜め息と共に頭を掻きながら、盛大に呆れて見せた。
「狡い人」
言われた本人は、それにころころ笑いながら、口先だけで心外ですと返事をした。




