少女は微笑む
その笑顔を見て、婀瓏孅は真剣に、これは夢なんじゃなかろうかと疑った。しかし、そうではないと思い、否定する。次に誰かが化けていると考えるが、そんな気配もないので否定。最後に、昨日の恐怖で心が壊れてしまったのではないかと疑い、その疑いを持ってルルノをじっと見た。そして、問い掛けてみる。
「あなた、どうしたの?」
口にしてから、馬鹿なことを訊いたと思った。
「はぁ、何がでしょう?」
想像通り、ルルノは問われたことが判らない。
そんなルルノに、改めて問おうと色々と考えていると、婀瓏孅が訊ねるよりも早く、ルルノが言おうと思っていたことを思い出して口を開く。
「あ、昨日はごめんなさい。あと、ありがとうございました」
ルルノは婀瓏孅に向かって深々と頭を下げる。だが、頭を下げられた婀瓏孅は、何について言われているのかさっぱり判らなかった。
「えっと。それって、何? 昨日ルルノを押し倒しちゃったことについて、かしら?」
思い返してみるが、何か云われるとするとそれしか心当たりがない。だが、感謝される憶えはない。
「はい」
それに対して、満面の笑顔。
にこにこと笑う少女。しかし、何を指しているかは判っても肝心の理由は判らず、婀瓏孅は首を傾げる外なかった。これ以上深く訊ねて良いものか計りかねて、難しい顔で呻いてしまう。
しかし、今まで一度たりと笑わなかった少女が笑うと、こんなにも違和感が強いものになるとは思っていなかった。というよりも、本気で別人なのではなかろうかと疑った程だから、相当なものである。それはそれとして感慨深かった。
けれど、と婀瓏孅はルルノを眺める。笑顔とは花やかで好い。それに何より、笑うこと自体が悪いはずもない。なら、これは良しとしよう。そう思った途端、婀瓏孅は満足して声を上げて笑う。そんな婀瓏孅を見て、ルルノは何に笑っているのか判らなかったが、釣られてくすくすと笑っていた。
夜が明けて、鐘が鳴り、また一日が動き始める。
まだしばらく空を見ているというルルノと別れ、婀瓏孅は日課をこなしていく。婀瓏孅の足取りは、本人の想像以上に軽く弾んだものとなっていた。
そして薬部屋に入った時に、婀瓏孅は思わぬ来客と出会すこととなる。そこには、図讖戯が立っていた。
「あら、どうかしたのかしら。あなたが自分から訪ねてくるなんて珍しいわね」
「あの少女のことで、少しばかりお伝えしたいことがありましてね」
言われてぴんとくる。あの少女の豹変についてを、この情報屋は教えてくれようというのだ。確かにそれに、婀瓏孅は興味がある。
「そう。でも、何故そんなことを教えに?」
問い掛けると、それを問われることが判っていた様に、笑顔を崩すこともなく理由を説明する。
「ちょっとしたご褒美なんて言うと、少し偉そうでしょうか?」
その言葉に、婀瓏孅はキョトンとしてしまった。
「あら。なに、ご褒美なの?」
「その様なものです」
ご褒美などと言われては、婀瓏孅も少し照れてしまう。要するに、昨日のやりとりは、既に図讖戯に知られているということなのだろう。




