朝
朝が訪れる。ルルノがこの瓏々邸に来た日から、十二回目の日が昇る。
寒い朝の廊下を、一人婀瓏孅は歩いていた。
久しぶりに一人で眠った。もう衝動も収まったと思うが、念の為ということで皐詠舞祷にルルノを預けていた。しかし、久しぶりの一人の蒲団は随分と寒く感じられた。
「一人って寒いのね」
肌寒いやら人肌が恋しいやら、今日はルルノを抱いて眠ろうと心に決めた。そしてそう思った直後に、婀瓏孅は一つの重大な懸念を思い出す。
「嫌われてないと良いのだけど」
それだけが不安だった。
あの後、ルルノは目を覚まさずにぐっすりと眠ってしまった。だから、婀瓏孅はあの後のルルノとまだ会っていない。あれだけ大泣きされたのだ。顔を見たら逃げてしまうかもしれない。そう考えると、溜め息が零れる。
そんなことを考え始めたので、足取りが自然と重くなる。肩を落としながら、溜め息混じりに深い呼吸をする。
「あら?」
目的の場所に来ると、普段自分がいる位置に先客がいた。蒲団にくるまって、少し眠そうに小さくなっている。
「ルルノ?」
その人物は小柄で、その身長の人物はここには一人しかいなかった。少しだけ声を掛けるのが恐い気もしたが、屋敷の主が怯んでどうするのかと、婀瓏孅は近付いていく。床板が軋まなかったので、婀瓏孅が声を掛けるまで、ルルノは婀瓏孅に気付かなかった。
「おはよう、ルルノ」
ちょっと無理目にいつもの笑顔を作ると、変わらない様子で声を掛ける。嫌われたり怖がられたりしてはいないかと不安を覚えつつ、それも含めてどんな反応をされるのかは、またそれはそれとして、婀瓏孅は少し楽しくなってきた。
「あ、婀瓏孅様。おはようございます」
婀瓏孅に気付くと、ルルノはすぐに向き直り、微笑みながら挨拶を返した。
どうやらその様子から、避けるような気配は感じなかった。
「あら?」
しかし、強い違和感が走る。何かが変。けれど、何が変なのかが判らない。
婀瓏孅は首を傾げてから、今感じた強い違和感の正体を探るべく、辺りをきょろきょろと見回す。しかし判らず、また首を傾げる。
「どうしました?」
ルルノも首を傾げる。そんな動作を見て、違和感の正体がルルノに関係していると気付く。はて、ではなんなのだろう。そう思いながら、じっと見ていると、ルルノは立ち上がり、駆けて近付いてきて婀瓏孅の腕の中に入り込み暖を取ろうとした。少し驚いたものの、ゆっくりと抱き締める。
「あら。随分と甘えてくるのね」
すると、ルルノはえへへと顔を綻ばせた。
「あっ」
そして気付く。違和感の正体。それは、ルルノの笑顔だった。
「ルルノ。あなた今、笑ってる?」
口にしてから、違和感を辿ってみる。確かに、今日のルルノは笑っていた。昨日までのルルノとは、まるで別人の様に。
「はい?」
婀瓏孅の言葉に、ルルノは首を傾げる。けれどそれは、どこか微睡んだ目と少し無関心そうな無表情ではなく、険の取れた朗らかな少女の表情で。




