玉蟾と玉虫
少しきょとんとしていた玉蟾だが、酒を止められたと気付くと、途端に不満そうに横目で玉虫を睨みつけた。それは鋭く威圧的なものではなく、駄々をこねる子供の様な甘えた視線であった。
玉虫はそんな目を見て甘やかしたくなる自分を律し、目線を逸らして拒絶する。
「駄目です」
「玉虫はわがままね」
玉蟾はおねだりが通じないと悟ると、唇を尖らせてそっぽを向いた。だが、まだ諦めてはいないらしく、枡と柄杓は握っている。
この二人の関係は、姫とその世話係兼目付役とでもいうところだろうか。自由気ままな玉蟾に従いながら、必要あらば律することが玉虫の役割であった。
「私がわがままだというわけではないと思います」
大きめの溜め息と呆れ顔。仕える者ではあるが、この位は許される関係であるらしい。
主の締まりのない態度に、玉虫は表情から困った色を隠さない。ただそれでも、一旦はちゃんと酒を飲むのを止めてくれたのに感心して、少しだけ頬が緩んでしまう。
「だからこうして、ちゃんと柄杓と枡を使ってるじゃない」
そう言って、手に持っているそれを玉虫に見せる。
白い掌に置かれた、同じく白い木製の柄杓と枡。どちらも特別凝った装飾は凝らされていない木製のものだが、手触りが良く、また酒には良く馴染むのだとか。
「いえ、決してそういう問題ではなくてですね。ですが、柄杓と枡を使っているところは良いことだと思います」
柄杓と枡を使い酒を飲むのだから、手間が多少掛かって飲酒量も減っているだろう。玉虫はそう踏んでいたのだが、間髪入れずに注いで飲まれては堪らない。
玉蟾は以前に、酒樽の酒を枡で直接掬って飲んだり、酒樽に直接手を入れて手を器に掬って酒を飲んだり、更には頭を突っ込んで飲み始めるという様な非常識かつ豪快なことまでをしでかした過去がある。そしてその様な行為が見つかる度、延々と玉虫に叱られたので、この頃になってなってようやく柄杓と枡を使って飲み始めたのである。使い始めてすぐはあまりに嫌そうな顔で渋々と酒を飲むものだから、玉虫も肴などを用意して機嫌を調えるのに苦労をしていたが、最近ではこの面倒さにも趣があると口にするようになった。この言葉を聞いた時の玉虫の感動は、思わず目から涙が溢れるほどであったという。大袈裟である。
「えっと、お酒は……」
玉虫は恐る恐る酒樽の中身を覗き込む。それを、どこか嬉しそうに玉蟾は見つめていた。
「……あの、四半分ほど飲んだと聞きましたが、既に残量が半分ほどなんですけど。本当は二百近く飲みましたね」
酒樽の中の酒が激減していたのを確認すると、諦めの色濃い溜め息を吐き出し、頭を押さえてうずくまってしまった。
その様子を、くすくすと笑いながら玉蟾が応じる。
「あら。最初から少なかったんじゃないかしらぁ。それとも、蒸発でもしたのかしらぁ」
「そうであった方が、まだましかと思います……」
不満と非難の色を隠さず、じとーっと玉虫は玉蟾を睨む。
「あと一合だけでも駄目?」
そんな玉虫に、追い打ちをかけようとする玉蟾。
「駄目です! あぁ、お酒飲ませ過ぎだってまた怒られます」
僅かに身を震わせながら、ぎゅうっと小さく丸くなってしまった。そんな玉虫を見て、玉蟾は今更あと一合二合変わらないじゃない、という言葉は流石に呑み込んだ。
「まぁ、怒られるのは私じゃないんだし」
「私が怒られるんですよ!」
自分には関係ないと手を振っていた玉蟾に、玉虫が大声で抗議をする。だが、鋭く微笑む玉蟾に、玉虫はそれ以上何も言えなくなってしまう。
「そうね、叱られるのもお仕事。立派に果たしなさいね」
「玉蟾様ぁ」
涙目になる玉虫。それを見て、少し意地悪をし過ぎたかなと感じながらも、玉蟾はくすくすと笑うのであった。




