諦める少女
しかし、そんな提案を婀瓏孅は否定する。
「これに耐えろ、ってことかもしれないから、それはしなくても良いわ」
未だに判らない玉蟾の意図。こんな状態になっているというのに、そしてそれを知っているだろうに、まだ向こうからは何も言ってこない。だから、どうすれば良いのかわからず、とりあえず現状維持。
そんな自分を、臆病者だなぁと婀瓏孅は心の中で笑った。
「けれど、そうね。しばらく私の部屋には来ない様にしてもらえるかしら。このままだと、寝起きにはルルノがいなくなってる、なんてことが起こりそうだから」
悪戯っぽく口にしたが、笑う顔は苦しそうだった。
それに皐詠舞祷が頷くと、少し細かい話をして、断食行が終わるまでルルノは皐詠舞祷の部屋で寝起きをすることと決まった。
話が済むと、早速ルルノの着物を運んでいく。それ程の量はないので、一度の往復でそれは済んでしまった。
そして手早く運び終わると、皐詠舞祷は、恐らく卦籤たちといるであろうルルノに、部屋の移動を伝えに行った。
婀瓏孅は一息吐いた。これで間違って寝惚けて食べてしまうことはないだろう。そう思うと、してやったりというような笑顔が顔に浮いてきた。
だが、この油断がいけなかった。
「婀瓏孅様?」
無邪気な声に、はっとして目を開く。そこには、ルルノがいた。呼びに行った皐詠舞祷と行き違い、厠のついでに戻ってきてしまったのだ。そして倒れている婀瓏孅を見て、どうしたのかと声を掛けてしまった。
「ル、ルノ」
目を見開き、婀瓏孅は固まってしまう。
今は駄目、今は駄目。何度も婀瓏孅は心の中で繰り返すが、それは言葉にならない。
自分の体に動くなと念じるが、反し、婀瓏孅はのそっと起き上がると、そのまま獣の様に飛び掛かって、ルルノを仰向けに押し倒した。
ルルノは倒れた拍子に床に頭を打ち付け、痛みに視界が霞んだ。そのまましばらく頭を押さえてぎゅっと目を閉じていたが、痛みが少しずつ引いていくと、やがてルルノはゆっくりと目を開けて、自分にのし掛かる血走った目の婀瓏孅を見た。
「婀瓏孅、様?」
何が起こったのか。婀瓏孅はどうしたのか。そんな疑問が浮かぶが、それを言葉にすることが何故かできなかった。
「ルルノ」
婀瓏孅は艶やかな声で少女の名を呼ぶ。ぎらぎらと光った目で、首を、顔を凝視しながら。そしてゆっくりと、婀瓏孅は整った唇を開き、人とそれほど変わらないが、それよりは少し鋭い牙を剥き出しにした。唾液が唇をなぞって、ルルノの顔に落ちる。その途端、ルルノはこの状況の意味を悟った。
あぁ、そうか。私は食べられてしまうんだ。そんなことを、まるで他人事の様に理解する。そしてそう思った直後に、ルルノの体からは自然と力が抜けて、そのいつもの表情ままで静かに目を閉じてしまった。




