婀瓏孅の戸惑い
十日断食行の五日目。この時、珍しく婀瓏孅は不調だった。長ければ半年間という断食も行なっていたので、この短い期間で調子を崩すというのは婀瓏孅自身、予想していなかった。
空腹の時、婀瓏孅は何かを噛みたいという衝動が高まる。食事の味わい方は人それぞれだが、婀瓏孅は無意識に歯応えを求める傾向にあった。ただし、それは噛んで砕けない程硬いというものではなく、噛み応えがある、という位のものである。
「まさか、これもあの子の所為、なんてことになるのかしらね」
朝の日課を終えてから、婀瓏孅は薬部屋で横になってしまった。
断食行で辛いのは、精々最初の三日間ほどであり、慣れていないと空腹で眠れなくなるということがあるが、そこを乗り越えてさえしまえば後は大して苦ではなかった。ただし、心が落ち着いていないと断食行中に最初から最後までを通して苦痛となるのが、他人の食事である。それなので、断食行の間は自分の部屋で食べることも許されている。
「ルルノに、別の部屋を用意した方が良いかもしれないわね」
自身の調子を狂わせているのがルルノの存在であることは想像が付いている。ルルノがいることで心が以前と少し変化をして、その所為で自分自身の調子を測り違えてしまったのだろう。だが、そこまで心が乱されていたのかと気付いたのが今日になってようやくであり、ここまで自覚が遅れたことにも驚きが隠せなかった。自分の未熟さにも、そしてあの少女の何気ない心への入り込み方にも。
何がどうして、ということは判らない。だが、初めて無力な少女を手元に置いたからなのか、今まで会ったどんな生き物よりも、婀瓏孅にとってルルノの印象は強くなっていた。強い我もなく、ただ流れるままにしているというのに、何故か記憶に留まってしまう。それが人間というものなのか、それともあの子特有の力なのか、それはまだ判らない。
「困ったわね。あの子に、私の頭の中が全部取られちゃいそう」
空腹も手伝い、暇があるとあの少女を思ってしまう。これは拙い。食欲が抑えられなくなる。ただでさえ、あの少女が来て人の肉を食べる機会は減ってしまっている。その上で、不味そうとはいえ肉がすぐ近くにあるという状況であり、更に自分は空腹。
「このままだと、食べちゃうかもしれないじゃない」
冷や汗が首筋を伝う。それだけは避けないといけない。あれは玉蟾に頼まれたものだから、失うわけにはいかない。そして婀瓏孅にとっても、ルルノは壊したくないと思える存在となっていた。だから、あれは衝動で壊してはいけないものなのだと言い聞かせる。そんなことをすれば、後悔することは目に見えているのだと。
あまりに心を支配されていることが、悔しい反面で、やはり面白い。慣れないことはするものだと、少し苦しそうに笑った。
その日、婀瓏孅は一人で朝食を食べた。これは、皐詠舞祷にしてさえ、記憶になかった出来事であった。
弟子全員が婀瓏孅を心配する中で、何事か判らないルルノはぼうっとしていた。どうも昨日から避けられているという思いが、少女の中にはあった。実際、昨日はルルノと婀瓏孅の間にはほとんど会話はなかった。それを、少女はどこか寂しく思っている。




