お風呂
「風呂に入るから、準備しなさい」
ぶっきらぼうな一言。ルルノは呆気にとられてしまい、どう返事をするべきなのかさえ判らなくなってしまった。そんなルルノに焦れて、卦籤はもう一度同じ言葉を繰り返す。すると、ルルノはこくこくと頷いてから、たたたと駆けていき、すぐに準備を終えて戻ってきた。それを見て卦籤は、大丈夫、まだ上手くやれていると、自分に言い聞かせた。
「準備しました」
とたとたと、ルルノは準備を終えてすぐに戻ってきた。そして、次の指示を待つ様にじっと卦籤の目を見上げている。なんて従順な子なんだろうと、卦籤は驚く。そして同時に、卦籤は心の中の険が呆気なく薄れていくのを感じた。ルルノという少女が、自分の中に入り込んでくる感覚。少女に強い我がないからだろうか、それはとても心地好く、蒲団にくるまる様に温かかった。
あぁ、そうか。何も思わずに接するって、こういうことなのかな。卦籤はそんな風に理解をした。
「そう。それじゃ、一緒に風呂に入ろ」
卦籤は自然と笑顔になっていく。幼いとも言える程に、卦籤は自分の感情に素直だった。それを見ていたルルノは、いつの間にか笑っていた卦籤に戸惑いながら、強引に腕を引かれて後に続く。
脱衣所で服を脱いで着替えを置くと、卦籤はさっさと浴場へ入っていく。それを追ってルルノが入ると、卦籤はお湯で体を流し終え、既に湯船に入ろうとしていた。それを横目に、ルルノはまず体を洗い始める。
卦籤はルルノをじっと見ながら、気恥ずかしさでもごもごして、言いたいことが言えず、焦れったさに悶えていた。名前を呼ぼうと思ったのだが、これが意識をすると恥ずかしく、なかなか一文字目さえ口にできないでいる。
だが、やがて意を決すと、本当に小さな声で呼び掛ける。
「ルルノ」
ぼそっとした、弱々しい声。けれど、それはルルノの耳に届いた。
「はい、なんですか?」
体を洗いながら、ルルノが振り返る。それに、呼び声が届けと思いながら、同時に届くなとも思っていた卦籤はびくっと身を震わせた。
「あ、あぁ、えっと。ルルノ。そう、ルルノ」
慌てて誤魔化そうするが、意味のある言葉が出てこないので、ただ名前を繰り返すだけとなってしまった。そして、そんな醜態を恥じて、卦籤は浴槽の縁に脱力しながら俯せにもたれかかる。またも顔が真っ赤になってしまったのだ。
「はい?」
卦籤がどういう状況なのか判らないルルノは、体を洗うことを一旦止めてから、首を傾げつつ卦籤を見ている。見られていることが判る卦籤は、顔を上げるのが気恥ずかしくてできないでいた。なんで自分はこうなのだろうと、短い反省を始める。
この時、ルルノの中でも卦籤の認識は変わり始めていた。不機嫌な人から元気な人、という具合に。
「あぁ、気にしないで。忘れて」
上体を起こした卦籤は、右手で顔を覆いながら左手をひらひらとさせてそう言った。それを見て、素直にルルノは体を洗うのを再開する。
ルルノは大きな鏡の前に腰を下ろして、自分の姿を見ながら体を洗っている。見なくても勿論体を洗うことは出来るのだが、どうも鏡が気に入ったようである。
卦籤は体重を縁に預けたまま、頬杖をついてルルノの背中を見ていた。言いたい言葉がある。答えを委ねない、もっと素直な自分の気持ち。




