表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花々咲乱(かかしょうらん)  作者: 相上いろは
第1話~月の戯れ~
8/95

月の舟

 正午前。青く晴れ、いくつかの雲が空を心地好さそうに泳いでいる。

 そんな空に浮かぶ白の中に、不自然に輪郭の整った影が一つ。空を漂う一艘の小舟の姿があった。


 三人で乗るのが精一杯という小舟が、ひらりひらりと空を流れている。巨大な木をくり抜いて作ったのか、繋ぎ目は見えない。

 そんな空を流れる舟の上には、二人の女の姿があった。


 楽な姿勢でだらしなく座る髪の長い女と、立って舟を漕ぐ短く整った髪の女。その二人以外には、やたらと大きな酒樽が、まるで腕組みをして胡座でもかいてるかの様に、舟の中央に堂々と置かれていた。

 その酒樽の酒を飲んでいる長髪の女は、空を見上げ、良い心地になっていた。


「青空に白雲。それだけで良い肴だというのに、まったく、長閑な日差しに花の香る風。そしてぇ、そんな豪勢な肴が勿体ない、甘露が如く甘い上等な忘憂の物。あぁ……勿体ない勿体ない。ふふふ。いやぁ、泰平ねぇ」


 寝転がる寸前といった無様な格好で船底に腰を下ろしている女は、身を起こしては酒樽から柄杓で酒を掬い、それを一合枡に移すと、姿勢を崩して満足そうに笑む。


 しばらく酒と花の香りを合わせて味わってから、ゆっくりと枡に口をつける。最初こそ勿体なさそうにちびちびと舐めていたが、やがて酒の味に我慢が利かなくなったのか、一気に枡を傾けて一息に呷った。


「はぁ」


 勢いよく傾けた際に口に入り切らなかった酒が、身体を伝って胸元までをすぅっとなぞっていった。その水滴は着物に触れて、途端に渇いている着物に吸われてしまう。地味な柄の着物は酒に濡れて、ほんのりと嬉しそうに艶めいていく。

 それから一息吐いて、柄杓を使い改めて枡に酒を満たす。入れ過ぎて、引き寄せる際にまた着物に酒を飲ませてしまった。

 ほとんど寝そべった姿勢で、着物を雑に崩し、肩まで露わにしながら、上等な着物を敷物の用に船底に広げている。そしてその着物に枡や柄杓からからこぼれた酒が染み込んでは、次々と大小様々な水玉模様を作っていく。

 すると着物ばかり酒を飲むのを妬んだかの様に、手入れの行き届いている身の丈よりも長い黒髪もまた、だらしなく船底に広がり酒に濡れる。


 上等な着物と綺麗な髪が酒に溺れている。というのに、その主である女は少しも気にした様子は見せず、ただ楽しげに酒を啜っている。

 新たに注いだ酒を呑み干すと、名残惜しそうに枡を舐め、それからうっとりと満足そうに微笑み、手から枡を滑らせて船底に弾ませる。そしてくたりと俯せに寝転ぶと、まるで酒に漬け込んだ様に香る着物に頬を寄せ、思う様飲み続けた心地好さの余韻を味わい始めた。


 そのまましばらくぐだぐだとしてから、唇を指で軽くなぞりながら再び体を起こし、枡を拾い上げる。


「あぁ、好い気持ちだわ」


 怠惰である幸福を全身で十二分に堪能していた。


「あ、あの。流石に飲み過ぎですよ玉蟾(ぎょくせん)様。それ何枡目ですか?」


 ふと、舟を漕ぐ女が心配そうに訊ねる。しかし、心配なのは酒を飲む女の体調ではなく、その女が飲み続けていた酒の残量の方である。


 寝そべり酒を飲み続けていた女は玉蟾、舟を漕ぐ女は玉虫(たまむし)という名であった。

 見た目は玉蟾が二十の中頃、玉虫は十の後半という所だろうか。尤も、雑に着崩している玉蟾と並ぶと、きちりと衣服を着ているというだけで、玉虫の方が年上の様な印象もある。


「んー……えっと、百前後くらい、かしらぁ?」


 手にした酒を一気に飲み干してから、眠そうに指折り数えながら返事をする。そしてまた、楽しそうに柄杓で酒を汲む。

 その数字を聞いて、ほんの僅かに玉虫が青ざめる。


「あぁ、もう飲み過ぎです、飲み過ぎですよ! そのお酒は本当に高いんですから、もう止めておいてください! あと、お願いですからそろそろ着物を直してください! みっともない!」


 櫂を底に置き、跳ぶ様に近づいて改めて酒に浸かろうとしていた柄杓を止める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ