温もりの所在
「一つ、困った弟子に助言でもしてあげようかと思ってね」
そんな卦籤を、面白そうに眺めて婀瓏孅は笑う。卦籤は、自分の醜態を全てを見られた様な気がして、なんだかとても恥ずかしかった。
「はぁ。助言、ですか?」
何に対しての助言なのだろうかと、卦籤は首を傾げる。旅の報告は終えたが、特別薬で困るということはなかった。だから、婀瓏孅から助言を受ける心当たりがない。
そんな弟子に、師は楽しそうに目を細める。
「そう、ルルノと仲良くなる為のね」
言われた直後、卦籤は目を丸くしてぎょっとした。
「えっ、見てたんですか!」
すると、その反応に気を好くした様で、婀瓏孅の笑顔は意地悪なものへと変わる。
「えぇ、最初から。でも、二人で話しをする時は、もう少し小さい声の方が良いかも知れないわね。あれだけ大きな声で叫んでいたら、屋敷中に響いてしまうのではないかしら」
そんなことを考えてなかった卦籤は、より一層顔を真っ赤に染めて、頬を両手で押さえた姿勢で硬直してしまった。その様子が面白いらしく、婀瓏孅は卦籤が動き出すまで、にこにことしたまま何も語ろうとはしなかった。
気まずそうに目線を逸らしたりしたものの、綻んだ顔の師匠がそこからいなくなる雰囲気はなく、卦籤は大きな溜め息を吐いた。
「うぅ。それで、助言ってなんなんですか?」
何も言わずに去ってくれたら良いのにと思ったが、それはなさそうなので諦めて、渋々と卦籤は動き始める。そしてそれを、婀瓏孅は満足そうに眺め、うんうんと頷いた。
卦籤の頬の色が少しずつ落ち着いてきた頃に、婀瓏孅は普段の笑顔の上に真面目そうな雰囲気を纏って、短く一言だけを言う。
「考えるの、止しなさい」
それは水が流れる様に自然に響き、卦籤には一瞬だけ言葉の意味が理解できなかった。だが、すぐに意味を理解したところで、意図が把握できないことに変わりはなかった。
「はっ?」
聞き返す。婀瓏孅はそれが判っていた様で、すぐに用意してあった別の言葉を繋いでいく。
「何かを考えて会話をしても、そうそう上手にはできないものよ。それに、下手に上手く言ってご覧なさい。以後ずっと考えながら会話をすることになりかねないわよ。そんなの、面倒でしょう」
言い切られ、少し考えてみる。そして、確かにそれは面倒そうだと納得した。
「だから、何も考えずに近寄って話してみなさい。さもなければ、とりあえず抱き締めてごらんなさい」
「え、いや、それは」
躊躇いも淀みもない言葉。これ程さらりと言われてしまっては、例えそれが間違っていたとしても、それの間違えに気付かないかもしれない。
だが、そうは言われても、卦籤の中では先程の失敗が痛い。あんなにルルノに怒鳴ったのだから、改めて声を掛けるのが躊躇われるし、何よりルルノが避けるかもしれない。
そんなことを考えていると、ぽんと婀瓏孅が卦籤の肩に手を置いた。
「なんにしても、あなたが思っているのなら、待っていても機はこないわよ。あなたが行く方がずっと早いわ」
そう言ってから、婀瓏孅は卦籤の頭を軽く撫でながら、優しく抱き締める。
「それにね。別に誰かを可愛がることが、誰かを除け者にすることではないのよ」
ぎゅっと、少し強めに抱きしめる。
言われた言葉の意味が判らず、自分が誰かを可愛がると誰かが除け者にされるのだろうかと、卦籤はぼうっと考えた。そしてしばらくしてから、可愛がられるという対象が自分なのだと理解した瞬間、卦籤は心が沸騰しそうになった。自分の幼稚な部分が全部ばれていると思い、言葉など吹き飛んでしまった。それと同時に、とても温かく穏やかな気持ちが、卦籤の心の中に染み込んで、冷えていた部分を温めてくれた。
婀瓏孅の言葉は、卦籤の求めている言葉に限りなく近いものであった。
しばらく照れながら、言葉を探す。そして、もぞもぞと動きながら考えてから、自分もぎゅっと師匠を抱き締めることにした。




