自己嫌悪
残されたルルノは、卦籤はどうしたのか、自分は何故怒られたのかと考えたが、答えが見つからなかった。
そんな二人のやりとりを、卦籤が駆けていったのとは逆の方向で、婀瓏孅が壁に背を預けながら聞いていた。そして、二人の会話を頭から思い出し、くすりと微笑む。
「ま、そういうこともあるのかしらね。ふふ。まったく、困った子たち」
それだけを呟くと、ルルノに気付かれぬ内に、婀瓏孅は静かに去っていった。婀瓏孅が去った後で、ルルノは部屋に戻って考え事に没頭していった。
一方、言うだけ言って走り去った卦籤は、自分の部屋に戻って、畳んである蒲団の上に俯せに倒れ込んでいた。
止まらない涙と、どうしようもない自己嫌悪。そして、こんなはずじゃなかった、あんなこと言うつもりじゃなかったという、激しい後悔の念に襲われていた。
卦籤は外弟子として必死に薬学を学び、念願叶って内弟子となった。なりたくてなりたくて学び続け、そうしてようやくこの場所を手に入れた。そこに、何も学ばず、学ぼうとさえしていない人の子が突然現れた。それは悔しかったし、憎らしかった。しかし、まだそれだけなら許せた。だが、人間の子は更に、卦籤でさえ未だろくに会話などしたことのない玉蟾に連れられて、憧れる婀瓏孅のとても近い場所に収まった。そのことが、冷静になってから考えてみると苛立たしくて仕方なかった。
そこにいたいのは自分なのに、何故どこの誰とも知らない人間の子がそこにいるのか。なんの苦労もなく、なんの努力もせず、恐らく願いもせずに。
だが、そんな感情は自分のわがままだと卦籤は思い、改めなければいけないと考えた。だから、卦籤はそんなルルノを、心の中で許そうと決めた。そしてその為に、ルルノにここに来て嬉しいかと問い掛けた。卦籤は嬉しいと、ただその答えが返ってくることを期待していた。それを聞けば、許せると思ったから。けれど、現実にその一言は聞けず、ただそれだけで卦籤が逆上してしまう始末。感情が落ち着いてみれば、自分は酷いことを言ったと、後悔ばかりが浮かんでくる。
自分の中で、どうにかしてルルノを認めたかった。婀瓏孅や金釘流が可愛がるルルノを、自分も可愛いと思って、撫でてやりたかった。だというのに割り切れない。自分の思いなのに、卦籤はそれが上手く制御できないでいた。
なんて馬鹿なのだろうと、悔やんでも始まらないと思いながらも悔やんでしまう。思い通りに自分を動かせないことがもどかしい。そして、あんなことを怒鳴ってしまったから、なんだかルルノに会い難い。
「なんで私、あんな子供相手に向きになっちゃったんだろう」
しゃくりあげながらぐしぐしと目を擦る。身を起こして鏡を覗いてみれば、涙は止まっていたが目は真っ赤だった。そんな自分を鏡で見て恥ずかしい気持ちになり、やり切れない思いを発散しようと床をごろごろと転がり回る。
そんなことをしていると、音もなく部屋の戸が開いた。
「あら、それはどんな効果のある体操なのかしら」
その言葉に、びくりと卦籤が飛び起きる。入ってきたのは、くすくすと笑う婀瓏孅であった。
「お、お師様! えっと、あー、なんの御用ですか?」
変なところを見られたと、慌てて衣服を整える。だが、目は赤く、顔も羞恥で火照っている。なんか調子が狂い続けていると、卦籤は改めて少し泣きそうになってしまった。




