不安
卦籤と金釘流が戻ってきた日の午後、ルルノは一人で屋敷の中を彷徨っていた。やることを探せば掃除があるので、仕事を探しているというわけではない。漠然とした不安を感じて、ただぼうっと屋敷の中を歩きたくなったのだ。
全員と昼餉を食べていた時は大丈夫だった。けれどその後に一人になった時から、どうしようもなく寂しい気持ちに囚われてしまっている。目の前が見えなくなる様な、寒気さえ感じる程の孤独感。あんなにも気に掛けられているというのに、埋められていない隔たりがあった。それは妖怪と人間という、喰う者と喰われる者という境界。どれ程近付いても、混じり合わない様に思える何かがあった。
けれど、それは何が違うからなのか。姿も似て、心さえそう違う様には思えない。だとしたら、その壁はどこにあるというのか。目に見えなくて、けれど存在する厄介なものは、いったいどこにあるのだろうか。
そんなことを考えていると、別の問いも浮かぶ。自分がここにいる意味、そして理由はなんなのか。卦籤に美味しそうと言われてから、気にしていなかったそれらが、少しずつ頭の中で音を立てて震え始めていた。
私はここにいて、なんの意味があるのだろう。人であるのなら、ここでは食用。しかし、だとしたらそれが私である理由はあるのだろうか。理由がなければ、何故私だったのだろうか。何故、私はここにいるのだろうか。ここで私は、何をしなければならないのだろうか。食べられる為なのならば、何故私は生きているのだろうか。
思えば止まらない。自分の中に答えのない疑問ばかりが次々と溢れては、問い掛ける相手を見出せず霧散する。自分で未完成な答えを見つけてみるが、それは新しい問いを生むばかりで果てがない。もしも婀瓏孅に問えば、何か答えがくるかもしれない。そう思っても、それが望まない答えだったらと考えては、それもできない。
不安定に思う。そしてその不安定さからなのだろう、ルルノは気持ちが悪くなってきていた。足下が安定していない。まるで踏みしめる場所全てが泥でできているような感覚になる。
すると突然、足が地面に沈む錯覚を覚えて転びそうになり、床にへたり込んでしまった。
「どうしたの、人の子?」
声を掛けられ、ルルノははっとして顔を上げる。そこには、不思議そうにルルノを見下ろしている卦籤がいた。
「あ、いえ。なんでもないです」
そう言いながら体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。まだ少しだけふらつくが、壁に手を突いて支えれば問題はなかった。足下は、しっかりとした木の板だった。
「そう? なんか具合悪そうだけど」
と言ってから、卦籤の表情が曇る。その表情の変化がどういうものなのか判らず、それを見上げていたルルノは首を傾げた。
食事の時から、卦籤はルルノを避けている。それに気付いたのは皐詠舞祷と婀瓏孅だけであったが、ルルノもどこか近寄りがたいものを感じていた。




