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花々咲乱(かかしょうらん)  作者: 相上いろは
第9話~辻風に花冠舞う~
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金釘流と卦籤

 セクタが出て行くのを見送ると、次には二人の視線がほぼ同時にルルノへと向かう。そうかと思うと、一瞬で二人はルルノの目の前にまで近付いた。


「あんた、意外に美味しくなりそうよね。名前なんだっけ? 私は卦籤。よろしく」


 質問も挨拶も曖昧に、考えていることをそのまま口にする。美味しそうという言葉にルルノは小さな戦慄を覚えた。


「ルルノ・ヤシュです。よろしくお願いします」


 けれどルルノが言い終わるよりも先に、うずうずとしていた金釘流(こんてぃる)が喋る。


「あたしは金釘流(こんてぃる)。本当は「かなくぎりゅう」って読みなんだけど、私的には別の読みが良いから、金釘流で。よろしく」


 この金釘流の言葉はルルノの言葉に重なり、ルルノは金釘流が言った前半部分がほとんど聞こえず、名乗ったことが微かに判る程度だった。だが、名前は知っていたのでそれ程気にもしない。

 金釘流はルルノが気に入ったのか、きらきらとした目でルルノのことをじっと見詰めていた。それに対して、ルルノはどう反応をすればよいのか判らず、少しだけ戸惑っていた。


 すると突然、卦籤(かせん)がルルノの顔に自分の顔を近付ける。


「うん。あんたが何かへまでもやらかして食材にされる時には、私はあなたのことは生きたままで食べてあげようかな。食べたことない味がしそう」


 言っている卦籤は笑顔であったが、ルルノは先程自覚し損なった戦慄を今度はしっかりと自覚することとなった。

 卦籤は無邪気である。これは人が食べる為に育てる家畜に、元気に育てよと言う朗らかさに似ている。そしてそれは、卦籤はルルノを遠くない未来に食べるのだろうと確信しているからだった。

 まさか趣味で育てた人間を、わざわざ人間の里に降ろすこともないだろう。となればこれは、良い具合になったら食べるに違いない。それが当然である様に思っている。そしてこれは、別に異端な感性ではない。妖怪が人間を食べるということが当然で、人間が妖怪に抗う力を持っていないとすれば、この考えは自然なものであった。

 今は食べてはならない人間。それは、上等な果実酒を蔵に寝かせて熟成させる様に、あくまでも、今食べてはいけないだけなのだと、卦籤は理解していた。

 妖怪は人を食べる。それをルルノは忘れたことはなかったが、改めて突きつけられると、動揺を隠せなかった。穏やかに暮らす内に、危機感が薄れていたことに気付く。

 表情はないまま、ルルノは足の力が抜けて倒れそうになる。するとそれを、咄嗟に金釘流が支える。


「おっと。駄目でしょ、卦籤。こんなに小さいの虐めちゃ!」


 そしてそのまま抱き締めると、金釘流は卦籤を睨む。


「え、私虐めてないよ?」


 卦籤は突然睨まれ、更に身に覚えのないことを言われてきょとんとした。


「お前を食ってやるなんて発言が恐くないわけないでしょ!」


 ルルノを思うままに抱き締め、頬を摺り合わせながら金釘流が力説する。先程強い恐怖を味わった次にこの様にべたべたとされて、ルルノは混乱しながら手を振り回した。しかし金釘流は放さない。

 言われた卦籤は、唇に人差し指を当てて考える。


「え、そんなもんなのかな? えっと、あー。ま、いいや。とりあえずごめんね、人の子」


 完全には理解していない顔ではあったが、卦籤は一応謝った。謝られたルルノは、少しぼうっとしながら、気にしていませんからと返す。

 そんな風に力なくだらりとしているルルノは、変わらず嬉しそうな金釘流に抱き絞められている。どうも、ルルノの抱き心地が気に入ってしまったようだ。


「んー、この子いいなぁ。柔らかい。そうだ。ねぇ、ルルノ。今日からあたしと一緒に眠らない? 朝までずっとぎゅってしててあげるよ」


 名案とばかりに金釘流が言い出す。ルルノは言葉に詰まり、拒否をしたいがどうしようかと悩んでいた。


「えぇ、そんなことして部屋が人間臭くならない?」


 金釘流の発言に、卦籤が嫌そうな顔をする。二人は別々の部屋だが、良くどちらかの部屋に片方が遊びに行くので、それを考えて嫌なのだろう。

 けれど、そんな言葉などお構いなしに、金釘流は四肢を絡ませては、自分の匂いをルルノに染み込ませるかの様にべったりとしている。


「大丈夫。この子のならあたしは大丈夫」


 喜色満面。

 しかし、そんな金釘流の背後に人影ができたかと思うと、次の瞬間にはするりとルルノが金釘流の腕の中からいなくなった。


「駄目よ、金釘流。これは私のものなのだから」


 ルルノを追って振り返ると、そこにはくすくすと笑う婀瓏孅(あろうせん)が、ルルノの襟をひょいと摘んで持ち上げていた。摘み上げられたルルノは、猫の様な恰好で固まっていた。


「あ、お師様狡い! あたしもそれ欲しい!」


 こうなっては、まるで玩具である。


「駄目。少しくらい貸しても良いけど、これは玉蟾から私が預かったものなのよ」


 意地悪そうに、くすくすと笑う。他人が自分のものを欲しがる様が面白かったのだろう。

 その後、ルルノをくれと何度かお願いをするも全て言い負かされ、金釘流はがっかりと肩を落とし、部屋に倒れ込んでしまった。


「お師様の意地悪」


 涙ながらに最後に言った言葉だが、それを婀瓏孅はむしろ心地好さそうに聞き流すと、ルルノを摘んだままで去っていった。


 この後、昼食が始まる時間になるまで、金釘流は思うまま卦籤に婀瓏孅の愚痴を言い続けるのだった。

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