空腹
と、突然ルルノの前方にある部屋の戸が開き、中からセクタが現れた。騒がしいのが気になって、のそのそと部屋から出てきたのだ。そしてそこで、追われる少女と追う女を発見する。
「なんだこれ?」
二人が追い駆けっこをしている事情はセクタには判らなかったが、とりあえずどちらを助けなければいけないかという判断は早かった。
「ルルノ」
セクタは道を塞ぐ様に廊下の真ん中に立つと、ルルノの名前だけを呼んで、自分の部屋に入れと親指で合図を送る。ルルノは頷き、セクタの目の前で体を捻って曲がろうとした。しかし、勢いが付き過ぎていて重心を崩しかける。それにセクタはそっと手を添えて、倒れない様に支えると、ルルノをそのまま部屋へと導き入れた。すると、廊下に残るのはセクタと扇子柄の着物の女となる。
女は止まらずに、セクタに向かって駆けてくる。目の前にセクタがいるのだから止まろうとすれば良かったのだが、女はその少女が部屋に逃れるのを目で追うのに夢中で、セクタに気付かなかったのだ。
「おーい。金釘流」
名を呼ばれ、女は初めてセクタに気付いた。だが、もう距離はほとんどなく、とても止まることはできそうになかった。
「え。あ、セクタさん、どいて!」
女は慌てて姿勢を崩しながらセクタに駆け寄っていく。そして二人が触れ合う寸前で、セクタは体を捻って女を避ける。一方、どいてと言いながら抱きついてしまおうと思っていた女はそのまま姿勢を崩して前のめりに転んだ。
「おかえり。元気そうだな、金釘流」
「……ただいま」
見下ろす格好で言葉を掛けられた、女は床に伏せたままで簡素な挨拶を返した。この時にようやく、ルルノはこっちが金釘流で、もう一人が卦籤という名前なのだと知った。
それと同時に、追ってきている女が二人でないことに気付く。
「セクタさん。駄目ですよ、ここは私を受け止めてくれるところでしょう」
「受け止めるのが面倒でな」
「ひどいなぁ」
廊下に勢い良く体を打ち付けた金釘流は、痛みで起き上がることができない。セクタが手を伸ばして起こそうとするが、金釘流はごろりと仰向けになってそのまま少し休むからと答えた。空腹でもあるが、旅から帰ったばかりで、疲れも大きい様子。それに加えて、疲労と夏の陽気とで熱された体に、冷えた廊下は心地好かったのである。
「先回りっ! って、あれ? セクタ兄、飯見なかった?」
そして騒がしく現れるもう一人の女、卦籤。全速力で駆けた所為だろう、服と呼吸が随分と乱れていた。
卦籤はセクタのことをセクタ兄と呼ぶが、別に実の兄妹というわけではない。これは自分の兄弟子、姉弟子に当たるセクタと皐詠舞祷とを、兄と姉に見立ててそう呼んでいるだけのこと。それが珍しいわけでもないが、こういう風に呼ぶのは、現在の内弟子では卦籤一人だけである。
ついでに加えておくと、今屋敷に居る弟子は、皐詠舞祷、セクタ、卦籤、金釘流、ルマリウルの順に弟子入りをしている。
「おかえり。で、飯ってなんだ?」
足音から来るのだろうと予想をしていたセクタは、驚いた顔もせずに言葉を返す。
「あ、ただいま。人の子よ。そこまで美味しそうでもないけど、元気そうなの」
そう素直に言ってから、卦籤はしまったと顔を歪めた。食材の管理をしているのはセクタなので、無断で食べようとしたと知られるのは良くないと、言ってから気付いたのだ。
そんな卦籤と金釘流を見て、セクタは小さく溜め息を吐く。
「なんだ、お前ら空腹なのか?」
呆れた風にセクタが言うと、二人は肩を落としてしまった。
「「うん」」
そして、力無く頷く。それを見て、相変わらず食事が下手な奴らだとセクタは改めて呆れた。この二人の旅が短い最大の理由が、その食事に上手く有り付けないということなのである。それがどうにかなるかと期待したが、どうも改善はされなかった様子である。




